2009年01月07日

12 夢と現実の違いは裸であるかそうでないかの違いに似ている


 
 
 八月の終わりの西に傾きかけた日光が教室の窓から差し込んできて、ぼくの身体は明るいオレンジ色に照り返っていた。一番前に座っていた聖子の方に向けて勃起させているむき出しのペニス。その先端できつく結んだ口先からは粘液が溢れ出し、裏返った亀頭から肛門にまで伝い、汗と一緒に太ももを滴り落ちていた。ぼくは自分のペニスがドクドクと自律的に脈動してくるのを両股の筋肉できつく締めつけて、今にも射精しそうなのを歯ぎしりしながら堪えていた。自分の性器は目の前にいる聖子にだけ見られていると思っていた。そんなことはあり得ないことなのに、皆の前で勃起していたぼくは、聖子にだけそれを見られていると夢想していた。しかし、夢を見ていたのではないかと錯覚するような現実は、実は、覚醒するまで続く悪夢だったのだと気付いたのは、先生が近づいてきてそれを間近で眺め、ぞっとしたような顔をしたときだった。先生は、女生徒の木炭紙の上に描かれたデッサンとモデルの実物とを見比べたのだ。二人の様子を遠くから見ていた先生は聖子に近づき、彼女が描いていたデッサンを眺めた。そして、そのデッサンに描かれたモノを確認するためにわざわざぼくに近づき、それを間近で見て確認したのだ。そのとき先生は、ぼくの丸出しの男根が、目の前にいる女生徒に視られて興奮していることを知った。だから先生はぞっとしたような顔をしたのだ。
 ビーーーーーーーーーーーー。
 けたたましくタイマーのベルが鳴った。それは、立ちポーズの長い一時間が終了したのと同時に、昼過ぎから始まった今日のデッサン会もこれで全部終了したことを告げていた。
「はい、今日はこれで終わりよ。お疲れ様でした」
 先生は二人を無視するように皆の方を向いて言った。
 目の前にいる聖子は、目を丸くしたまま、まだぼくを見つめていた。
 一巻の終わり。
 ぼくは裸のまま、固まって動かなくなっていた左脚を両手で持ち上げた。太ももの筋肉が痺れていた。息ができないくらい疲れていた。硬直したペニスはまだ勃起したままだったので、背中を丸めて後ろを向き、両手でそれを押さえた。
 そのとき急に眩暈がしてきて、台の上に敷いてある柔らかい毛布の上に倒れ込んだ。頭を抱えて膝を曲げ、尻を上げたまま、しばらく動けなかった。視界が白くなり、教室のざわめきが遠退いていった。
「だいじょうぶ?」
 後ろから先生の声が聞こえた。
 勃起した男根をぶら下げた尻を皆に向けたまま、うずくまっている自分に気付いた。後ろから先生がぼくを覗き込んでいる。慌てて台の上から飛び降りた。
 大丈夫です、ちょっと眩暈がしただけです、と言おうとしたが、言葉が出ない。勃起したまま痺れているペニスを両手で押さえて、先生の前に立った。
「だいじょうぶ? ちょっと休んだら」
「あ・・あの・・」
 声帯が振動しない。言葉が浮かばない。
 ぼくは全裸のまま教室を出て、裸足で廊下を走り、控え室に戻った。

 カーテンの奥の椅子の上には、丸めた白いTシャツとブルージーンズが置いてあった。ついさっき、ここで脱ぎ捨てた衣服。再びそれを着ることによって、肉体を理性に従属させ、性を人目から隠匿するための衣服。汗も拭かずに、ぼくはただ「現実の社会的諸条件への無気力な従属だけ」が残されているように感じながら、Tシャツをかぶり、ジーンズを履き、まだ勃起したままのペニスをしまい込んで、チャックを閉めた。
 そのとき先生の声が聞こえた。
「だいじょうぶ? もういいかしら?」
「あっ、はい・・」
 やっとの思いでそう答えるのが精一杯だった。
 服を着ると、逆に奴隷に戻ったように自由を失って、言葉で自分を武装しなければならない日常に再び拘束されてしまったように感じた。
 先生が中に入って来た。
 いったい何しに来たのだろう。
「脚がつっちゃったの? 初めてだから、大変だったでしょう?」
 先生がぼくを変な目で見ないのが不思議だった。何事も無かったかのように、当たり前の言葉をぼくに語りかけてくる。彼女は、テープレコーダーを再生しているだけのロボットなのかもしれない。
 ぼくは今にも心のバランスを崩して発狂しそうだった。
 先生はぼくの目を見て、「だいじょうぶ?」と言い、小さな声で、「とってもよかったわよ」と付け足した。
 ぼくは死人のように体を硬直させたまま、ずっと夢想していたのだ。 裸で、ペニスまで丸出しにしたまま、思い出していた。パレスチナの地でゴリアテを投石器で倒したダビデはペリシテ人を征服してイスラエルという“神の国”を建国した。そのダビデが共和制の象徴として全裸でペニスまで出したまま、ルネッサンスのフィレンツェの広場に立ったとき、富める者の手に渡ったキリスト教の権威は、性をもはや隠匿してはいなかった。しかし、礼拝堂を全裸の男女で埋め尽くしたミケランジェロですら、あのエロティックなダビデ像のペニスを勃起させはしなかった。それなのにぼくは、公の教室の中で生身のペニスを勃起させていた。それが性の解放によるユートピアの実現の象徴でもあるかのように、それを上に向けていた。でも今はもう、衣服を着た姿で先生の前に立っている。さっきまでの全裸のぼくがまるで異常だったように、今、ぼくはそれを隠匿することが当たり前のように、ジーンズを穿いて先生の前に立っている。しかし本来男女は裸のはずだ。それなのに文明社会では、どうして未だにお互いの裸を隠蔽し合っているのだろうか。それを不思議に思わない先生が不思議だ。先生はそれを知っていて知らないふりをしているのだ。衣服を着た先生の発する言葉が心にもない絵空事を喋っているように聴こえてくる。
 でも、やはり先生は、記憶の中で、さっきのぼくの姿を想像している。そんな目つきで、黙っているぼくを上から下に見下ろす。
「あなた随分固くなってたみたいね」
 やはりそうだ。硬くなっていたのはぼくのペニスだ。ぼくが黙っているのが気に入らないから、そんな皮肉を言ったのだ。ぼくを冷たく侮辱して、復讐しようとしているのだろうか。聖子と二人だけで黙って性的な関係を愉しんでいたことに嫉妬しているから、ぼくを侮辱したいのか。でも、すぐに先生は言葉を言い換えた。
「あんまり一生懸命やってくれたので、びっくりしたわ」
「え?」
 一体ぼくは何を“やった”のだろうか。それに、いったい何が“よかった”のだろうか。言葉が抽象過ぎて何もわからない。いや、主語が抜けているから、本当は何が言いたいのかわからない。
「あなた、もうだいじょうぶ?」
 いったい何が大丈夫と訊いているのだろうか。わからないから、曖昧に答えた。
「こんなの初めてだったから・・」
「そうだったわね」ぼくの言葉を肯定するように言ってから「若いのね」と独言のように呟いた。そのとき先生の目が一瞬、好色そうに輝いたように見えた。
 勃起したペニスを間近で見られたことを、否、わざわざぼくの近くまで来てそれを覗き込み、その状態を確認したことを思い出した。でも、今は、さっきまでの興奮した状況がまるで嘘だったように、ぼくはジーンズを穿いた姿で先生の前に立っている。でも、なぜかまた、Gパンの下にきつく隠れているペニスが勃起してきた。
「それにしても・・」
 先生はなにかぼくに言いたそうだったが、その言葉を飲み込んで、領収書の紙切れを差し出した。
「これに名前と住所を書いてくださる?」
 ぼくは急に真っ赤になった。一瞬何がなんだか分からなくなった。自分の住所は今いったいどこなのだろう。
 バランスを崩してそのまま瓦解しそうな記憶が、田口の作った小さな犬小屋同然のビニールハウスの映像となって目の前に現われた。ぼくはそこが自分の今いる住所なのだと思った。ぼくはそこで飼われている犬なのだ。でも、そこの場所に付けられている町名と番号がいくつなのか、ぼくにはまったくわからなかった。
「そういえばあなた、田口さんのところにいるのだったわね」
 彼女はそう言うと、紙切れに目を落とした。
「いいわ、名前だけで」
 ぼくは渡されたボールペンを握って、汚い字でやっと自分の名前を書いた。
 先生はそれをじっと見つめていたが、目を上げて呟いた。
「あなたって、面白いわね」
 鼻の先で笑って、ぼくの目を見た。
 暗黒舞踏家の田口のところに“飼われて”いる“犬”だから、ぼくは“面白い”のか。それとも、デッサンの最中、ずっと勃起していた“変態”だからか。どちらにしろ、彼女がそう思ってぼくを嘲笑しているのなら、領収書を手渡すとき、彼女の手を握ってジーンズのジッパーを開け、押し倒して、ペニスをあなたの口の中に突っ込んでやってもいい。 そう思って先生の唇を見た。紅が塗られた薄い皮膚の上を、細い筋が幾本も走っているのが卑猥に見える。
 ところが先生は、ぼくの手から領収書をひったくるように取り上げると、「ありがとう。またお願いしますね」と言って、お金の入った封筒を差し出した。
 それを受け取ると自分の気持ちが一変した。金を貰うと、まんざら悪い気はしない。なるほど、領収書か。確かにそんな取引をしなければ、この世の経済行為は成り立たないのだな、と、ぼくは一人でそんなことに感心してしまい、先生に何も言えなかった。何もできなかった。でも、またお願いするって、いったい先生はぼくに、何をお願いしたいのだろう。本当はぼくに何を期待しているのだろう。
「田口さんによろしくね」
 また田口か。この女は田口とできているに違いないのに、それだけじゃ飽き足らないらしい。まあいい。あまり見くびるなよ。先生。そんなに気安く懐いて尻尾を振ってついて行くような飼い犬じゃないからな。
 ぼくは何も答えず、そこから出ようとした。すると、彼女は慌てて「今度うちにも遊びにいらっしゃい」と付け足すように言った。
 電話でも同じことを言われたような気がする。いったいどういう意味なのだろう。田口に聞かされたぼくの経歴が変わっているから、今度お話しでもしましょうということなのか。それとも、ぼくの勃起したペニスが気に入ったから、プライベートでも彼女の前で全裸のモデルになれということなのか。それとも、ぼくに秘かに好意を懐いていて(勃起したペニスを見て、それが気に入ったから)、それ以上のことをしましょうと誘っているのか。だったら、今すぐにでもかなえてやってもいい。 そう思って先生を見たが、彼女はすぐにポニーテールの髪を振って後ろを向き、自分から先に部屋から出て行ってしまった。
 ぼくはGパンの尻ポケットに封筒を突っ込み、廊下に出た。
 見るとそこに一人、女の子が立っていた。
 デッサンの最中、こんな子がいることには気が付かなかった。
 ぼくを見ると「・・あのぉ・・」と、聞き取れないくらい小さな声で呼びとめた。
 先生は振り向いて二人を見たが、すぐにそのままつかつかと廊下の先を歩いて行ってしまった。
 ぼくの前にひとり立っている女の子は、ボディーラインがそのまま見えるほど小さなTシャツをきつく着込んでいる。二つの形のいい胸が突き出ていて、ブラジャーの凸凹が、レモンイエローのTシャツの生地の下に透けて見える。
「あのー・・あたし・・」
 Gパンの中で上を向いていたペニスが、さっきよりも硬く勃起してきた。レモンイエローのTシャツには、“SARINIC MARRY”と白い文字で書いてある。ずいぶん過激なTシャツを着ているな、と思ったが、きっとロゴの書体が可愛らしいからこの子はこれを選んだのだろう。その過激なロゴが、ちょうど彼女の胸の膨らみに引っ張られて変形している。 それを見ていると、また膨張してきた亀頭がジーンズを持ち上げ、尿道の先が荒い生地にこすれて濡れた。


 
 
 
 
posted by hoshius at 07:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 狂犬革命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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