2009年01月10日

9 白くて綺麗なデッサン



 
「ちょっと訊いてもいい?」
「なぁに」
「どうして、ここを描かなかったの?」
 そこだけ省略しているのは不自然に思えた。
「え、どこ?」
 ぼくはそこを指差した。
「えっ、そこ?」
 聖子はぼくが冗談を言ったのだと思って、うつむいて笑った。でも、ぼくが真面目な顔をしているのを見て答えた。
「だって、あのとき・・あなた・・すごく・・あのぉ・・大きくなってたから・・」
「だから、描かなかったの?」
「う・・ううん・・。だって、デッサンって身体全体のプロポーションを描くものでしょ。全体のバランスが大切なんだから、部分的に詳しく描いてもしかたないじゃない・・」
「じゃあ、どうして目はこんなにちゃんと黒目まで描いてあるの? それに、鼻も、口も、耳も、手の指も、足の指も、爪まで描いてあるじゃないか」
「それは・・。あたし、顔を描くの好きだし・・細かく描く癖があるから。だから・・」
「そう。それにしては、ここだけはこんな四角に描いて省略しているんだね」
「そう。だって、そこを詳しく描いてたら、変でしょ?」
「どうして? 勃起してたから?」
 聖子はうつむいて肯いた。
「ミケランジェロもダ・ヴィンチもちゃんと性器まで描いているよ」
「・・・」
 聖子は何か言いたそうに、ぼくの目を見た。
「でも・・あんな大きくなったのは描いてないでしょ?」
 たしかにそんなデッサンは見たことがない。急に胸をえぐらたような気がした。

 そういえば、教室の窓は全て開け放たれていた。まさか、外から教室の中を覗く者もいないだろう。でも、モデルが女性だったら、あんなに窓を全開にしておいただろうか。しかも、窓に掛けられていた白いカーテンまで全て、風ではためかないように縛られていたから、外の景色がよく見えた。外は、秋めいてきてはいるが夏の快晴の青空だった。涼しい風がときどき窓から中に吹いてきて、教室の中にいるというより、外に立っているように感じた。身体は汗をかいていたから、風を感じると心地よかった。
 涼しい風が体を吹き抜けたとき、ぼくはふと窓の外で揺れているメタセコイアの葉を見た。そしてそのとき、他から一人だけ離れて、教室の一番前でデッサンをしている女の子がいることに気付いた。彼女は他の誰よりもモデルのぼくのすぐ近くにいた。
 彼女は白いポロシャツを着て、下着が見えるほど短いスカイブルーのデニムのミニスカートを穿いていた。長い象牙色の脚が、そのスカートの色によく似合っていた。腰には銀のバックルのついた白いエナメルのベルトが巻かれていて、靴底の厚い薄いピンク色のスニーカーを履いた脚を組んで椅子に座っていた。夏だから素脚でいるのもおかしくはない。でも、白いハイソックスよりも眩しく見えるほど綺麗な肌の太ももが、恥ずかしいくらいむき出しになっていたから、それを見ていると、素肌を人目にさらした脚だけは、全裸のぼくと同じ、裸同然だと思った。ぼくから見て最前列の右側、ぼくの一番近くにいた聖子。ぼくは彼女のいるのと反対の方を向いていたから、彼女の存在に気付かなかった。最前列にいる彼女の表情は、それより後ろにいるデッサン講習生には見えない。教室の前の台の上に立っているモデルのぼくだけが、彼女の表情を見ることができる。でもぼくも彼女の方に顔を向けていなかったから、彼女の顔の表情は誰にも見えなかったはずだ。画架の横からときどき出してこちらを見る顔は、赤面していた。彼女を見ようとするとぼくは、どうしても目だけでも彼女の方に動かさなければならない。彼女はそのことに気付いたのか、自分の前に置かれた画架の後ろに顔を隠すように身をかがめた。
 そこに先生が近づいて来た。
 先生は女生徒の後ろまで来ると画架に架かっている彼女のデッサンをしばらく見つめた。そして、彼女を立たせると、自分がそこに座った。
ぼくの黒目は右の方向に何度も動いているのが他の生徒たちにも見えただろう。なぜなら、ぼくは先生と、その横に立っている聖子の存在が気になっていたからだ。
 先生は尻を上げて椅子の位置を直し、背中を真っ直ぐに伸ばしてモデルのぼくを見上げた。
 先生の後ろに立った聖子は、座っていたときには気付かなかったほど長身で、すらっとした長い脚がミニスカートから太ももの付け根あたりまで見えていた。自分の席を取られたように、所在なげに背中を丸めて、先生が自分に代わって描き始めたデッサンに視線を落としていた。 決して顔を上げてモデルを見ようとしない。うつむいて赤面した顔に前髪が罹り表情はよく見えないが、深呼吸するように胸で息をしているのが判った。胸が膨らむと、着ている白いポロシャツの下のブラジャーの輪郭がくっきり透けて見えた。上に持ち上がった白い山の頂点を見ると、思わず彼女の前にさらけ出したままの性器がまた硬く充血してきた。
 ぼくは慌てて視線を逸らせた。前方を見て、彼女の方を見ないようにした。それでも、イーゼルの横から顔を出した先生が、うつむいた女生徒の代わりにぼくを見上げているのが判った。白い首を突き出して、エラの張った顎を上げ、モデルを見上げる先生の視線は、ちょうどぼくのペニスと同じくらいの高さにあった。ちょうどそれが勃起してくるところを、先生はじっと見つめていた。そして、ぼくは神経を高ぶらせている先生の鼻孔から吐き出される熱い息を、すっかり上を向いて裏返ってしまっている亀頭の先に吹きかけられているように感じた。それほど近くにいた先生は、鼻の下に汗をかいていて、香水の強い匂いを発散させていた。先生の興奮する吐息をペニスの裏に感じて、ぼくは思わず肛門を締めつけた。
 その瞬間、グンと立ち上がったペニスがまたビクっと痙攣した。
先生の目の前で一気に勃起したペニスが、わざとそうしたように大きくビクンと上下に揺れた瞬間、教室全体が一瞬静まり返った。生徒たちは息を呑み、一斉にデッサンする音が止んだ。

「あなた、ずいぶん興奮してたみたい。・・でもあたしは描きたくても描けなかったの。だって、先生が代わりにあたしの席で、この紙にあなたをデッサンしてたんだもん・・」
「え? じゃあ、このデッサンは先生が描いたの?」
「そう。上手いでしょ? 先生のデッサンって、とても正確で綺麗。でも、目とか、あなたの指とか、爪とかは、あたしが後で描き足したの・・。でも、あそこ、描かなかったの、あたしのせいじゃない・・そうでしょ?」

 ぼくは服を着た男女の中でたった一人だけ真っ裸になって、公の教室の中で性器までさらけ出していた。しかも、勃起したまま裏返っていたペニスは上下に揺れ、そのすぐ横に立っていたミニスカートの聖子と椅子に座っている先生に、じっとそれを見られていた。二人の女性に間近で勃起したペニスを見つめられている、こんな場面は日常では考えられない。それが、公の教室の中で公然と繰り広げられていたなんて、もしかしたらこれはぼくの狂気的な夢だったのではないか。でも描かれたデッサンを見ると、先生はぼくを石膏像を見るように客観的に観察して、それを正確に “写生”していたことが判る。さらけ出して見せていたモノがどんなにグロテスクだろうと、機械の目のように先生はそこだけを排除して、正確に客観的にぼくの身体をデッサンしたのだ。でも、ぼくは死んだ石膏像ではない。“生きた”モノだった。だから、それが生物学的に興奮するのは当然だった。でも、先生は“生きた”モノに主観的に共感する必要はないとでもいうように、それだけを排除して、網膜に映ったそれ以外のモノを機械的に描き写したのだ。
 一方、先生の傍らに立っていた聖子は、いったいあのときどう感じていたのだろうか。ぼくの性器はあんなに勃起していた。そしてそれは目の前で上下に揺れさえした。そんな姿を見て、聖子はどう感じたのだろう。
 ぼくのことをヘンタイだと思ったのだろうか。でも、そうだったら、ここには来ていないはずだ。
 あのとき先生は、ぼくが勃起しているのを見ても何も咎めもせずにデッサンを続けていた。それなのに、そのとき傍らに立っていたきみは、視線を落として先生の描くデッサンだけを見ていた。ぼくはあんなに興奮していたのに、きみは目を伏せてぼくを見ないようにしていた。きみは、そのあと、目や指や爪など、細かいところを先生の描いたデッサンに描き足したと言う。それにしても・・。きみは、既にあの生きた男根の状態が何を意味しているのか判っていたはずだ。それなのに、きみはそれを見ようとしなかった。きみがあのときそれを直視できなかったのは、楽園を追放されて以来背負ってきた“原罪”に今でも縛られているからか。それとも、未だにユートピアのあこがれを捨てきれないでいるのか。もしそうなら、それを少しでも盗み視たいと心の内奥で欲したのか。つまり、今のこの社会の常識からすればこの“ユートピア”は犯罪であり狂っている。でも、人間社会が隠匿し続けてきた性はまた“快楽”でもある。そして、快楽であると同時に、このエネルギーは、“生”そのものでもあるのだ。肉体を持った人間の内、そのことを否定できる者は誰もいないはずだ。その証拠に、性の研究者であり『オルガズムの機能』の著者である“性経済論者”のライヒは、セックスの開放による社会革命を提唱した。そして、投獄され、獄死した彼が最後まで主張したのは、この「現実の社会的諸条件への無気力な従属だけ」が許されるだけの、この非人間的機械的近代社会を根底から覆す“セックスによる革命”だったのだ。彼は「真実のデモクラシーと責任ある自由」が実現されるためにはまず、人間がオルガズムに対する生物学的要求を満足させることのできる社会を実現させなければならないと主張した。
 あのとき、デッサンの指導をしていた先生が、モデルの勃起したペニスを前にして赤面しているきみに向かって「今すぐあなたも服を脱いで、彼とセックスしてもいいのよ」と言ったとしたら、教室はたちまち権力と慣習に反旗を翻すユートピア革命の発信地になっていただろう。 でも、先生にはそんなことを言う勇気はなかった。そして、うつむいてぼくを見なかったきみにも、公の面前でぼくとセックスする勇気などなかったに決まっている。だから、きみはぼくの男根すら描けなかったのだ。それなのにぼくは、奥歯を噛み締めて全身の筋肉を硬直させていた。そして、男根はさらに充血し、痛みと疼きと快感が限界に達し、今にも射精しそうなのを必死で堪えていた。それなのにきみはそれを目のあたりにすることをおそれ、不安を懐き、心労、ゆううつなどの心の葛藤をひきおこしていたのだ。「心身相関の構造は、社会的機能と生物学的機能との衝突の結果なのである」とライヒが言ったように、きみの生物学的自己の内にある自然な性的興奮を、社会的機能に負わされた罪の意識で抑圧する永遠の葛藤の中で苦しんでいたきみが本当にしなければならなかったことは、自分自身が拒絶している行為の内面的葛藤の原因そのものを見つめ、その奥に潜んでいる主観的空想の願望を認めて、目の前で生き生きと見えているモノを自分の意志によって直視し直し、そのとき己の内側に喚起される性的興奮のエネルギーを、ただちに芸術にまで昇華させることだったのだ!

 夜中のビニールハウスの中は、裸電球に照らされている。その空間の中で、二人の男女がコンパネの床の上に広げられた裸体のデッサンを挟んで対峙し、それに見入っている。
 黙って下を向き合ったまま、しばらく重たい沈黙が流れる。
 聖子の折り畳まれた素足。スカイブルーのジーンズのミニスカート。彼女の性がその中に隠されているコットン一枚のちょっとした防御。ぼくも今はジーンズを穿いている。でも、その下で下着もつけていないペニスがジーンズにこすれている。それがまただんだん大きくなってきた。先生のデッサンには描かれていなかったモノが、またここでも、ちゃんと存在し、生きていることを主張し始めた。でも、今はジーンズの下に隠れているこのモノ、あのときコレが公の面前で勃起していたとき、先生は突き出した木炭の先でぼくの頭身を目測しながら目を細めた。そのとき先生の細長い指先につままれた木炭の先が、勃起して裏返っていたこの亀頭の先をつつこうとしているように感じられて、思わずむず痒くなった肛門を何度も締めつけた。その瞬間、またしても勃起した性器が上下にビクビク痙攣した。そして、ぼくは強烈な羞恥を覚え、全身が熱くなるのを感じた。横に立っている長身の聖子はうつむいていた。が、それでもそれを見たかもしれない。二人の女性の目の前で、全裸で勃起したペニスを揺らしている自分が恥ずかしくて、火が付いたように全身から汗が噴き出してきた。
 今もあのときと同じくらいコレはもう我慢できないくらい勃起してきている。そして、あのときと同じように身体が熱くなって、我慢できなくなってきている。それなのに、二人は黙ったまま、性器の描かれていない先生の描いた全裸像のデッサンを見つめ続けている。
 ぼくは、そっとデッサン紙をつまみ上げた。もうこの絵はもう充分見たというように。そして、重ねられた下のデッサンを見るために、一枚めくってみた。するとそこには、さっきのとはまったく違ったタッチのデッサンがあった。


 
 
 
 
 
posted by hoshius at 10:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 狂犬革命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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