2009年01月03日

16 台風の雨に打たれながら路上で


 
 
 草ぼうぼうの裏庭から走って、誰もいない幅の広い一本道に出ると、聖子を捜して辺りを見回した。夜で見えにくいが、遠くまで見渡せる一本道だからすぐに見つかる。聖子は闇雲に走っていた。十字路を曲がった。追いかければ簡単に捕まえられる。
 全速力で走った。
 すぐに聖子に追いついた。
 細くて長い腕を掴んだ。
「やめてよ! 変態!」
 大声を出して抵抗し、手を振り払ってまた走りだした。
 それなら疲れるまで泳がしてやろう。
 ゆっくり後を追った。
 辺りは人気もないし街灯もまばらだ。地主の税金対策の畑が道の両側に広がっている。
 見上げると、星も見えない空に重たそうな雲が低く垂れ込めていて、生臭い風が吹いている。
 ポツポツと雨が降ってきた。
 聖子は走って逃げて行く。
 ぼくは黙って追いかける。
 だんだん雨がたくさん降ってきた。
 そろそろ捕まえてやろうと思った。
 全速力で走って後ろから腕を掴んだ。
 振り向いた聖子はいきなりぼくの頬を叩いた。
「やめてよ! ヘンタイ!」
 聖子の身体を抱き締めて、キスしようとすると、必死になって抵抗し、ぼくを突き飛ばそうとして自分から尻餅をついて路上に倒れた。
 ぼくは仰向けに倒れた彼女の上に馬乗りになって、バタバタさせている腕を掴んだ。
「マザコン! 変態!」
 聖子は口汚く罵りながら、必死で抵抗した。
「やめてよ! やめなさいよ!」
 あまりにもうるさいので、わざと殺そうとするかのように首を絞めてやった。
 聖子は顔を歪めて苦しみながら、今度は急に大人しくなった。
「お願い。やめて。お願い」
 いったい何をやめてとお願いしてるのか、ぼくには判らなかった。
 雨がザーザー降ってきた。
 そこにいる女がただ、あまりにも無力に見えたから、かえってメチャクチャにしてやりたくなった。
 雨で濡れた髪を掴んで頭を持ち上げ、歯ぎしりしている唇を嘗め回してキスすると、聖子が頭突きをしてきた。
「痛い!」
 自分でしたのに、頭蓋骨が自分のより硬いぼくの頭蓋骨にぶつかると、聖子の顔が痛みと憎しみで歪んだ。目は真っ赤に充血して、汗のように涙が滲んだ顔がグシャグシャになった。
 雨で濡れたポロシャツの上から、ブラジャーに覆われている胸を掴んだ。
 じっと彼女の目を見つめると、嗚咽のように呼吸を荒げて泣きじゃくりながら、なにか弱弱しく言っている。
「ご、ごめんなさい・・やめて・・ごめんなさい・・やめて・・」
 その顔を見ていると、さっき射精できなかった精子をたまらなく吐き出したくなった。
 馬乗りになったままジーンズのジッパーを下ろしてペニスを引っ張り出し、聖子の顔の前に突き出した。
「お、お願い・・やめて・・」
 顔をそむけた聖子の髪を掴んでこっちを向かせると、ぎゅっと目をつぶった鼻先の軟骨に、硬くなったペニスの先を押しつけた。髪を掴まれた聖子の顔が歪んだまま、必死に口をつぐんで荒い呼吸を殺している。
 涙と一緒に鼻水を垂らしている鼻の穴に男根をこすりつけ、びしょ濡れになったペニスを片手でしごきながら、雨で冷たくなった聖子の頬に、熱くてたまらない亀頭の裏をこすりつけていると、急に突き上げてきた。ぎゅっとつぐんだ唇に尿道の先を押しあてて、一気に射精してやった。
 そのとき急に思いついた。
「お願いがあるんだ」
 抵抗できずに泣きじゃくっている白い顔は、飛び散った精子を浴びたまま、ゆっくり目を開いた。
「な・・なによ?」
「千円貸してくれよ」
「え? せ、千円?」
「そうだよ!」
「わ、わかったわ。わかったから、放してよ!」
 放してやると聖子は起き上がり、道路に放ってあったバックから財布を出してきて千円札を引き抜くと、震える手でぼくに差し出した。それをひったくって、立ったまま聖子を抱いた。そして、ぼくの精子でベトベトになった頬を掴み、泣きじゃくって震える口に舌を突っ込んで、股間に手を入れてそこを触った。しかし、それを振りほどこうとして両手でぼくの胸を強く押した聖子が、また自分から尻餅をついて地面に倒れた。
「おい! 千円かよ! もっと貸してくれよ!」
 腰が抜けたように立ち上がれなくなった聖子が、そばに転がったバッグから、また財布を引っ張り出した。ぼくはそれをひったくって中から金を抜き出し、空になった財布を道路に叩きつけた。
 ジーンズのポケットに、掴んだ札と小銭を突っ込むと、まだ出したままになっていたペニスに気付いた。まだ勃起していたから、それを握り、そのまま路上に尻餅をついている聖子に向けて放尿してやった。
 近くの街灯に照らされて、黄色い水の飛沫が、連なったイエローダイヤの数珠のように光って聖子の顔に降り注いだ。泣きじゃくりながら、恐怖に引きつって力の入らない聖子は、ぎゅっと目をつぶったまま、口や頬や鼻をびしょびしょにして、地べたに転がっている。
 放尿し終わると思わず身震いして、精液と小便で濡れているまだ硬いペニスを振ってジーンズの中にしまった。
 股の下にある顔を見ると、それは歪み、唇を硬く閉じて泣き声を飲み込んで震えていた、が、急に生き返った仔鹿のように目を剥いて立ち上がると、バッグを掴んで一気に走って逃げた。
 急いで一物をしまい込んでジッパーを引き上げ、追いかけようとしたそのとき、ジャリっと靴底で何かを踏んだ。
 道路に散乱していた聖子の木炭だった。
「キチガイ! 死ね!」
 路地を曲がる前に、聖子がこっちを振り返って叫んでいる。
「マザコン! ヘンタイ! 死ね! キチガイ!」
 雨音が急に高まって、女の罵声をかき消した。
 踏みつけて粉々になった木炭の破片が、打ちつける雨粒に洗われて、アスファルトの上を流れていく。髪も、Tシャツも、Gパンも、びしょ濡れになった。まるでシャワーだと思いながら、青白く光った空を見上げると、雷鳴が轟いた。
 雨が打ちつけるだけの風景にはもう、聖子の姿は見えなかった。
 ゆっくりと、雨に濡れながら、駅に向かった。

 蛍光灯が眩しい駅に着くと、何もかも照らし出されているようで、人目が気になった。
 煩わしい人ごみを避けながら、転げ落ちるように階段を駆け下り、地下鉄の路線図を見上げて広尾までの運賃を確かめ、券売機に震える手で小銭を押し込んだ。
 ボタンを連打すると、薄い紙切れが出てきた。それを濡れた手でつまんで改札を走り抜けると、ちょうど止まっていた電車に駆け込んだ。
 締まりかけていたドアに身体が当って大きな音を立てた。かっとなってドアを拳で思いっきり叩くと、椅子に座っている中年の男がぼくを睨んだ。睨み返すと、男は目を伏せた。
 窓ガラスに映った自分の姿を見た。長髪が額に張り付いている。Tシャツもびしょびしょになって上半身に張り付いている。
 耳鳴りがする。
 誰にも愛されない自分が、真っ黒い鏡のようなガラスの表面に映っている。通過する駅の光が眩しい。
 混んできた車内のドアの横につっ立ったまま、ぎりぎりに迫るタイルの壁を目で追っていると、眩暈がしてきた。
 新宿を通過すると、疲れたOLが、さっきぼくを睨んだ男の前に立っているのに気付いた。今までいなかったのに、亡霊のように女が立っている。生気を失った白い面の皮。無表情の顔に剥げかけた化粧がまだらに張り付いている。大切でもないのにぎゅっと握り締めたつり革。鈎針に釣り下げられた屠殺牛のように、重たい抜け殻のような身体から未だに衣服を剥がされないまま、きゃしゃな手で、自らぶら下がっている女の肉の体。
 黒いロングヘアーだけが艶やかに光っている。真っ白い絹のブラウスの胸だけが三角錐に膨らんでいる。黒いタイトなスカート。ストッキングで締めつけられた下腿部の硬そうな筋肉。痛々しい黒いピンヒール。今にも窒息しそうなのに、うつむいて、じっと息を殺したまま耐えている。目の前に座っているアルコールの臭いのするサラリーマンの男の顔が、今にも接触しそうにウエストの位置にあるのを。
 酔った男は、なにくわぬ顔で上から下に女の体を眺め、鑑賞し、味わっている。女はつり革に生きたまま釣り下げられたまま、男の視線の餌食になっている。
 皮を剥がされ、屠殺される前の拷問。
 魅力的で高級な女を演出するために着こなしたブランドの衣服。その下の自らの肉体の存在を、ひたすら無感動になって、地下鉄の蛍光灯の下、隠れる場所も無く、眺め回されている理想的なプロポーションの女。ティピカルな外見故に、目の前の男の視線にサクリファイされている。
 ぼくはよろけながら、その女のところに近寄って行った。
 彼女の前に座っている酔ったサラリーマンは、ゲスな野郎だ。さっき威嚇するようにぼくを睨み、今度は自分の前に立った女を視姦している。
 憎悪がこみ上げてきた。ぼくの意志は、この偉そうな男への殺意に支配された。女を身体でどかせ、驚いてぼくを見ている男の前に立って吊り革を両手で握り、牛のようにぶら下がった。そして、ひるんだ男の脂ぎった顔に膝蹴りを喰らわした。
「なにすんだ!」
 わめいている男の襟元を掴んで立たせ、股間を靴底で蹴り上げた。型体のいい男は勢いよく後ろの窓ガラスにぶち当たり、そのまま自らの席に尻から堕ちた。
 周りを見渡すと、人ごみが恐怖にざわつきながらも、ぼくと目が合わないように誰もがしらをきっている。近くに座っていた気の弱そうなサラリーマンたちは、蜘蛛の子を散らすように慌てて席を立って別の車両に移動して行った。
 女も驚いて、いつのまにかどこかに行ってしまった。
 両手でつり革にぶら下がって、椅子に尻餅をついた男の顔を胸を腹をサッカーボールを蹴るように何度も蹴った。肉の塊のようにぐったりして動かなくなった男に唾を吐いて、ホームで停車した車両から全速力で駆け出した。
 改札を急いで走り抜けて外に出た。
 赤坂だった。
 夜の街を、ただ闇雲に走った。
 高級そうなクラブがひしめいている通りに出た。
 高そうなスーツを着た落ち着いたビジネスマンが小ぶりになった雨の中を堂々と大きな黒傘を差して歩いている。ぼくは身を隠す裏路地も見つからないまま、大通りに隣接した駐車場に入り込み、塀と車の影に隠れた。
 疲れて立っていられなかった。そのまま、コンクリートの塊の上に腰を下ろした。
「天上の食事を摂る者は、地上の食物を摂ることはない」
 独言が口をついて出た。
 さっき竹輪をつまんでビールも飲んだのに、やたらに腹が空いていた。
 高級そうな黒のベンツの、雨に濡れる真っ黒なボディーを見ていると、急に尿意を覚えた。
 Gパンのチャックを下ろして一物を出し、雨で濡れているベンツに小便をかけた。
 可笑しくなってきて思わず声を上げて笑った。
 見上げると、雨が小ぶりになり、空に雲が流れている。長い月が雲間から時々覗き、澄んだ光を放っている。
 ぼくは、出したペニスの皮をむいて、明るい月にかざしてみた。そして、誰も見ていないから、ジーンズを足元まで下ろし、ベンツの陰で立ったまま、ペニスをしごいた。
(この高級外車にさっきの電車の女が乗っている。彼女は高級な娼婦だ。金で買われて男に弄ばれる。それでいてプライドが高く、一文無しのぼくなど見向きもしない。ちょうど、こんな車じゃないと乗らない女。ところが、女はこのベンツに乗せられて、どこかのホテルに向かうのだ。運転手付きで運ばれ、犯されるのだ。ぼくはここに隠れていて、女が来たら運転手と男を石で殴って殺し、あのタイトな、高級なブランドのスカートを脱がせ、このボンネットの上に女を乗せて、四つん這いにさせ、後ろから犯してやろう。金持ちの男に犯される代わりに、ぼくが女をこのボンネットの上で愛し、孕ませてやる。そして、裸にした女を四つん這いの姿でボンネット上に乗せたまま、この高級な夜の街を走り回ってやる。そのまま海に向かって突っ走り、夜の海に車ごと突き落としてやる。)
 一気に射精した精子を、車のボディーにこすりつけ、窓ガラスに唾を吐いた。
 ズボンを上げて、街を彷徨い、安そうな深夜喫茶に入った。
 便所の近くの薄暗い、すえた匂いのする椅子に座り、バナナ・パフェを注文した。
 ウエイトレスが笑った。
 綺麗な顔をしているが、運んで来たら、思い切り頬ばらせてやる。  生クリームのついた柔らかい果肉のバナナを。そいつに歯を立てれば、甘くてやわらかくて、思わずニッコリするだろう。そして、きみは口の中でドロドロになるまでそいつを噛み砕き、ゆっくりと白く濁ったバナナ・パフェを咽喉の奥に流し込むだろう。ところが、甘さも咽喉もとを過ぎれば顔をしかめ、きみは舌に残った渋い筋を、苦々しく吐き出すだろう。
 丸い銀のお盆に載せて、彼女は案の定、ガラスに盛られたバナナ・パフェを運んできた。ぼくは水を一杯注文した。もう一度、きみをぼくに仕えさせるために。
 無造作に置かれたもう一つのガラスコップ。それを見てぼくは急に思い出した。冷たい氷をガリガリ噛んで席を立ち、便所の横に置いてあったピンクの電話の前に行って、Gパンの尻のポケットから湿ったメモ紙を取り出した。
「もしもし・・・あの・・・」
「どちら様ですか?」
「あの・・・さっき・・・あの、田口さんの」
「え? どなた」
「あの・・あ・・あ・・あの」
「え? だれ?」
「あの、今、あの・・・田口さんの所から今、出てきたんだけど・・・」
「え、そうなの。あなた、あの?・・」
「もう、あそこに、もう、居られなくなって、出てきたんだけど・・」
「え? あなた、田口さんのところの?」
「そう。あなたのせいですよ!」
「え? あたしのせい? あら、ごめんなさい」
「なんで千円しかくれなかったんですか!」
「え? あら、そうだった?」
「そう、それに・・」
 加奈子は、ぼくがだれだかわかったようだ。
「田口さんの所から、あなた出て来たの?」
「そう。もうあそこに居られなくて」
「そう。ごめんなさいね」
「それに・・」
「バイト代のこと? だったらちゃんと払うから心配しないで」
「いつですか」
「いつでもいいわよ」
「今でも?」
「あなた、今、どこにいるの?」
「赤坂」
「え? 赤坂?」
「そう」
「じゃあ、あたしの家に来てもいいわよ。いらっしゃい。霞ヶ関で日比谷線に乗り換えて・・。田口さんの所から来たんでしょ?」
「うん」
「あなた、だいじょうぶ? さっき、大雨降ったでしょ。濡れなかった?」
「びしょびしょです」
「お金あるの」
「ないよ」
「じゃあ、あたしの所にいらっしゃい。広尾の駅に着いたら電話してね。公園の方の出口にいてね。迎えに行くから」
「もういいよ」
「え? いいの?」
「お金あるから・・」
「え?・・もしもし・・もしもし・・」
 受話器を置いて席に戻ると、バナナ・パフェの入ったガラスの器が汗をかいていた。持ち上げると露ですべった。生ぬるく溶けたパフェを頬張り、店を出た。
 鉄の車輪の軋む音に歯軋りしながら、黒い窓ガラスに冷たくなったペニスを押し当てて、蛍光灯の駅を通過した。
 窓ガラスの向こうに、“国会議事堂”の看板が並んでいる。
「くたばれ! この世の偽善者ども!」
 次の駅で日比谷線に乗り換えた。
 六本木のクラブの女か成金の小金持ちの起業家か知らないが、夜の街に遊びに出かけるのだろう、小綺麗な成りをした人たちが大勢乗っている車両に飛び込んだ。ぼくのびしょ濡れのファッションも、最新モード以上に過激に見えるはずだ。不良外人に紛れ込めば、ジーンズがびしょ濡れなんてたいしたことではない。夜の六本木なんてなんでも有りだ。 でも、六本木では降りずに次の広尾に着くと、開いたドアからホームに降りた。
 ゆっくりと歩いて行って、どん詰まりのコンクリートの階段を上がった。
 薄暗い街はたじろぎもせずそこにあった。さっきと同じ夜の空気が流れていた。爪の先のような月が乳白色の流れる雲の間から光ったり消えたりしていた。
 ぼくは熱くなった肉片だけをジーンズの下に感じて、犯罪者のように恐る恐る公衆電話のボタンを押した。
 電話に出る、女の声がした。
「あなたなの・・」
「そう」
「今どこにいるの?」
「池のある公園の近く」
「公園? 池? そこにいてね。迎えにいくから」
 夜を、全てを、嘘にしてしまいたかった。早くヒゲを剃って退屈な日常に戻りたかった。


 
 
 
 
 
 
posted by hoshius at 03:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 狂犬革命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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