2009年01月01日

18 生命誕生の神秘


 
 
「イエス・キリストの御名によって、アーメン。」
 クリスマス・イブのことだった。
「あなた、結婚って、子供を産むためにすることだって、初めてあたしの家に来たときに言ったわよね。あたし、妊娠したみたいなの。だから、あたしと結婚してね。役所に行ってサインするだけでいいの。そして、あなたは、あたしの子の父になるのよ。あたしがあなたに望んでいるのはそれだけ。傷ついたなら、ごめんなさい。でも、これだけは叶えてちょうだい。これから先、あたしに満足できないなら、誰に恋してもかまわない。あなたの片想いを制限する自由はあたしにはないもの。いいえ、実際、あなたは自由よ。イマジネーションだけじゃなくて、行為も、あたしと同じようにあなたは自由よ。わかる? あたしの言っていること。あなたは、戸籍上の子の父である以上のことはあたしは求めないわ。そればかりか、これから、あたしがあなたを、色々な人に紹介してあげる。でも、これから先、あなたは、だれとも対話してはダメよ。いい? 一切、何もかも、だれとも対話してはダメよ。会話するのはかまわないわ。でも、だれとも対話しないで。あたしの言うことがわかる? これから先、あなたは大勢の人と知り合いになるでしょう。大勢の女に恋もするでしょう。いいわ。それを制限する自由はあたしにはないもの。でも、死ぬまで、対話をするのはあたしとだけ。わかった? あたしとだけ対話をするのよ。死ぬまで。そして、あたしと別れたかったら、あの男を殺すのね。そうしたら、あたしは、あなたを自由にしてあげる。約束するわ。でも、それまでは、あなたはあたしと死ぬまで対話し続けるの。わかった?」

 空に分厚い雲が掛かっていて、その裏に隠れている太陽が、半熟卵の黄身のようにねばねばした光を放射している。

「ねえ、それって本当? ぼくの子供ができたって本当? じゃあ、うそついてたってことだね」
「え? うそ?」
「だって・・子供が生めない身体だって言ったじゃないか」
「だったら、あなたがセックスって子供を生むためにすることだって言ったのも、うそじゃない」
 確かにそうだ。ぼくは加奈子と、子供を生めないと思っていた加奈子と、何度も交わった。そんな加奈子が哀れに思えてきた。
「あの男にそうさせられたって言っただろ。それもうそなの?」
「うそじゃないわ。本当よ。あたしは本当にそうさせられたの」
「でも、子供ができたんだろ?」
「そうよ。それに、あなたは今、ここにいる。そしてあたしのお腹には、あなたの子供がいる。これが現実よ。うそじゃないわ」
「でも、ぼくは・・」
 加奈子の豪邸の、今ではもう使われていない茶室で寝泊りして、夕方になると全裸になって加奈子の絵のモデルになっている。こんな生活が続いていると、すっかり山で目覚めた狂気が飼いならされて、なんだか“芸術”みたいなものになってきているような気がしてきて、ぼくはもうここから抜け出さなきゃならないと思っていた。
「ぼくはマリアを捜さなきゃ、それにめぐみも好きだし、聖子も愛してるんだ」
 加奈子は急に目から輝きを失って、死人のように黙った。
「だってさっき言っただろ。誰を愛してもいいって」
「そう、そうだったわね。でも、あたしは? ここにいるあたしは? そして、あなたの子供は?」
 加奈子は涙を溜めた目でぼくを見て言った。
 たしかに、もし本当に加奈子がぼくの子供を宿しているのだとしたら、彼女を置いてどこかへ行くことなんてできやしない。
「でもぼくは、あなたの紐になんてなりたくないよ」
「ひも? ちゃんと労働してるじゃない。毎日あたしのモデルになってるじゃない!」
「そんなの、労働なんて言えないよ!」
「だって、あたしの絵は売れるのよ! 市場でちゃんと価格が付いているのよ。っていうことは、社会的に認知されてるってことじゃない? 投資家が株に投資するようにあたしの絵を買うの。中東の富豪やニューヨークやロンドンの投機家よ。何年後かにサザビーズでオークションにかければ、今の何十倍で売れるかもしれないわ。どう? あなたが関心を持っている地球全体の出来事に、あなたも係わっているってことがわかったでしょ?」
「そんなの古代ローマで皇帝の前でライオンに食われて死んでいったキリスト教信者の見世物とかわらないよ!」
「だから?」
「だから・・」
 ぼくは、血を流したほうがいいと思えてきた。鼻を思いっきり殴られたときに味わう鉄錆びのような血の味を味わうために、この頭蓋骨をだれか殺す相手の頭蓋骨に思いっきりぶつけてやりたいと思えてきた。
「だから・・、ぼくはぬるま湯に浸かっていたくないんだ。たとえ見世物でも、命がけで戦いたいんだ。生まれてくる子供のためにも・・」
「だったら、あたしのお客の中東の富豪や、アメリカやイギリスの投機家を一人一人殺していく?」
 加奈子はぼくの気持ちを読んだのだろうか。
 ぼくはたった今、そんなことを考えていた。
「でも・・、そんなことしたら、殺人者だよ」
「そうかしら? 戦争で人を殺しても誰も殺人罪に問われないわ。逆に国家から勲章を貰うのよ」
「じゃあ、戦争で、時の支配者を殺せばいいってこと?」
「そうね。そのために国家に武器を売り込むの。彼らは権力に取り憑かれた皇帝と殺し屋、コインの表と裏、一人で別の顔を持つジキルとハイドよ。彼らによって歴史は作られてきたし、今でも彼らによって世界は支配されているのよ」
「そんな気がしてたよ」
 武器を売り、国家を戦争に導き、指導者を掌中に飼い慣らし、富を独占する。そんな世界を変えるためには、ぼくみたいな拾われた狂犬が、偉くて裕福で家柄も名誉もある支配者を殺すことも必要なのかもしれない。
「でも、あなたって、いったいなんなの? 単なる絵描きじゃなかったの?」
「あたしはマフィアでもCIAでもないわ」
「そりゃあそうだよ。あなたは何の権力にも加担していないし、どこの国家の回し者でもない。でも、あなたはいったい誰なの?」
「聖母のような母になりたかっただけ」
 なぜそんな心境になったのか、自分でもわからない。でも、きっと加奈子のことを愛しているのかもしれない。あの男を殺してやろうと、そのとき思った。さもなければ、加奈子は真に自由にはなれないのだから。エクスタシーの瞬間ごとに思い出す、あの男。既にぼくは加奈子から、その男の名前と、その男が東京に開設したオフィスの住所と電話番号を聞かされてしまった。だから、手始めにまずそいつの所に行って、その男がその男であることを確認したら、その男の顔にぼくの頭蓋骨をぶつけ、何度もぶつけ、息が止まるまでぶつけ、そして、ぼくは加奈子を自由にするのだ。そして、そいつが死ねば、世界から汚物がひとつ消えて、その分この世も少しだけ自由に近づくことになるのかもしれない。
「平和を叫ぶ奴らよって、戦争が起きている。世界の秩序と安定とまことしやかに言う輩によって、世界は脅迫されている。富を独占する者が、いかに大量の人類の虐殺を行ってきたか。あなたはこれから会う人たちを見ればわかるでしょう。だから弱い者はあの世に救いを求めるの。でも、あなたはこの世にいる間、決して彼岸に救いを求めてはだめよ。この世を天国にするのよ。・・どんな手段を使ってもいいから」
「どんな手段でも?」
「そう。悪をはびこらせちゃだめ。そのためにあなたを選んだの」
「ぼくを選んだ?」
「そう。あなたは新しい神話の始祖になるのよ」
「え? 犬だったぼくが?」
「そう。犬だったあなたが、聖母と交わる神になるのよ」
「わかったよ。それならぼくにもできそうな気がする。いや、ぼくだからこそできる。ぼくはなんだってできる。どんな狂犬だって、ぼくほどの狂犬はいない。そのことがわかったら、きっと今の支配者どもは震え上がるだろうね」
「そう。あたしのアートが買われるところに建つ旧い宮殿は滅び、新しい宮殿が建つの」
「全裸の神々の復活だね」
「そうよ。裸の真実が白日の下にさらされる新しい時代が始まるのよ」



                           
 
 


以下の書籍から引用させていただきました。
オルガスムの機能 W・ライヒ著    渡辺武達訳 太平出版社

尚、文章のみならず画像も、紫源二のオリジナル作品です。
 
★ copyright Hoshitaro

 
 
 
 
posted by hoshius at 01:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 狂犬革命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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