2009年01月10日

9 白くて綺麗なデッサン



 
「ちょっと訊いてもいい?」
「なぁに」
「どうして、ここを描かなかったの?」
 そこだけ省略しているのは不自然に思えた。
「え、どこ?」
 ぼくはそこを指差した。
「えっ、そこ?」
 聖子はぼくが冗談を言ったのだと思って、うつむいて笑った。でも、ぼくが真面目な顔をしているのを見て答えた。
「だって、あのとき・・あなた・・すごく・・あのぉ・・大きくなってたから・・」
「だから、描かなかったの?」
「う・・ううん・・。だって、デッサンって身体全体のプロポーションを描くものでしょ。全体のバランスが大切なんだから、部分的に詳しく描いてもしかたないじゃない・・」
「じゃあ、どうして目はこんなにちゃんと黒目まで描いてあるの? それに、鼻も、口も、耳も、手の指も、足の指も、爪まで描いてあるじゃないか」
「それは・・。あたし、顔を描くの好きだし・・細かく描く癖があるから。だから・・」
「そう。それにしては、ここだけはこんな四角に描いて省略しているんだね」
「そう。だって、そこを詳しく描いてたら、変でしょ?」
「どうして? 勃起してたから?」
 聖子はうつむいて肯いた。
「ミケランジェロもダ・ヴィンチもちゃんと性器まで描いているよ」
「・・・」
 聖子は何か言いたそうに、ぼくの目を見た。
「でも・・あんな大きくなったのは描いてないでしょ?」
 たしかにそんなデッサンは見たことがない。急に胸をえぐらたような気がした。

 そういえば、教室の窓は全て開け放たれていた。まさか、外から教室の中を覗く者もいないだろう。でも、モデルが女性だったら、あんなに窓を全開にしておいただろうか。しかも、窓に掛けられていた白いカーテンまで全て、風ではためかないように縛られていたから、外の景色がよく見えた。外は、秋めいてきてはいるが夏の快晴の青空だった。涼しい風がときどき窓から中に吹いてきて、教室の中にいるというより、外に立っているように感じた。身体は汗をかいていたから、風を感じると心地よかった。
 涼しい風が体を吹き抜けたとき、ぼくはふと窓の外で揺れているメタセコイアの葉を見た。そしてそのとき、他から一人だけ離れて、教室の一番前でデッサンをしている女の子がいることに気付いた。彼女は他の誰よりもモデルのぼくのすぐ近くにいた。
 彼女は白いポロシャツを着て、下着が見えるほど短いスカイブルーのデニムのミニスカートを穿いていた。長い象牙色の脚が、そのスカートの色によく似合っていた。腰には銀のバックルのついた白いエナメルのベルトが巻かれていて、靴底の厚い薄いピンク色のスニーカーを履いた脚を組んで椅子に座っていた。夏だから素脚でいるのもおかしくはない。でも、白いハイソックスよりも眩しく見えるほど綺麗な肌の太ももが、恥ずかしいくらいむき出しになっていたから、それを見ていると、素肌を人目にさらした脚だけは、全裸のぼくと同じ、裸同然だと思った。ぼくから見て最前列の右側、ぼくの一番近くにいた聖子。ぼくは彼女のいるのと反対の方を向いていたから、彼女の存在に気付かなかった。最前列にいる彼女の表情は、それより後ろにいるデッサン講習生には見えない。教室の前の台の上に立っているモデルのぼくだけが、彼女の表情を見ることができる。でもぼくも彼女の方に顔を向けていなかったから、彼女の顔の表情は誰にも見えなかったはずだ。画架の横からときどき出してこちらを見る顔は、赤面していた。彼女を見ようとするとぼくは、どうしても目だけでも彼女の方に動かさなければならない。彼女はそのことに気付いたのか、自分の前に置かれた画架の後ろに顔を隠すように身をかがめた。
 そこに先生が近づいて来た。
 先生は女生徒の後ろまで来ると画架に架かっている彼女のデッサンをしばらく見つめた。そして、彼女を立たせると、自分がそこに座った。
ぼくの黒目は右の方向に何度も動いているのが他の生徒たちにも見えただろう。なぜなら、ぼくは先生と、その横に立っている聖子の存在が気になっていたからだ。
 先生は尻を上げて椅子の位置を直し、背中を真っ直ぐに伸ばしてモデルのぼくを見上げた。
 先生の後ろに立った聖子は、座っていたときには気付かなかったほど長身で、すらっとした長い脚がミニスカートから太ももの付け根あたりまで見えていた。自分の席を取られたように、所在なげに背中を丸めて、先生が自分に代わって描き始めたデッサンに視線を落としていた。 決して顔を上げてモデルを見ようとしない。うつむいて赤面した顔に前髪が罹り表情はよく見えないが、深呼吸するように胸で息をしているのが判った。胸が膨らむと、着ている白いポロシャツの下のブラジャーの輪郭がくっきり透けて見えた。上に持ち上がった白い山の頂点を見ると、思わず彼女の前にさらけ出したままの性器がまた硬く充血してきた。
 ぼくは慌てて視線を逸らせた。前方を見て、彼女の方を見ないようにした。それでも、イーゼルの横から顔を出した先生が、うつむいた女生徒の代わりにぼくを見上げているのが判った。白い首を突き出して、エラの張った顎を上げ、モデルを見上げる先生の視線は、ちょうどぼくのペニスと同じくらいの高さにあった。ちょうどそれが勃起してくるところを、先生はじっと見つめていた。そして、ぼくは神経を高ぶらせている先生の鼻孔から吐き出される熱い息を、すっかり上を向いて裏返ってしまっている亀頭の先に吹きかけられているように感じた。それほど近くにいた先生は、鼻の下に汗をかいていて、香水の強い匂いを発散させていた。先生の興奮する吐息をペニスの裏に感じて、ぼくは思わず肛門を締めつけた。
 その瞬間、グンと立ち上がったペニスがまたビクっと痙攣した。
先生の目の前で一気に勃起したペニスが、わざとそうしたように大きくビクンと上下に揺れた瞬間、教室全体が一瞬静まり返った。生徒たちは息を呑み、一斉にデッサンする音が止んだ。

「あなた、ずいぶん興奮してたみたい。・・でもあたしは描きたくても描けなかったの。だって、先生が代わりにあたしの席で、この紙にあなたをデッサンしてたんだもん・・」
「え? じゃあ、このデッサンは先生が描いたの?」
「そう。上手いでしょ? 先生のデッサンって、とても正確で綺麗。でも、目とか、あなたの指とか、爪とかは、あたしが後で描き足したの・・。でも、あそこ、描かなかったの、あたしのせいじゃない・・そうでしょ?」

 ぼくは服を着た男女の中でたった一人だけ真っ裸になって、公の教室の中で性器までさらけ出していた。しかも、勃起したまま裏返っていたペニスは上下に揺れ、そのすぐ横に立っていたミニスカートの聖子と椅子に座っている先生に、じっとそれを見られていた。二人の女性に間近で勃起したペニスを見つめられている、こんな場面は日常では考えられない。それが、公の教室の中で公然と繰り広げられていたなんて、もしかしたらこれはぼくの狂気的な夢だったのではないか。でも描かれたデッサンを見ると、先生はぼくを石膏像を見るように客観的に観察して、それを正確に “写生”していたことが判る。さらけ出して見せていたモノがどんなにグロテスクだろうと、機械の目のように先生はそこだけを排除して、正確に客観的にぼくの身体をデッサンしたのだ。でも、ぼくは死んだ石膏像ではない。“生きた”モノだった。だから、それが生物学的に興奮するのは当然だった。でも、先生は“生きた”モノに主観的に共感する必要はないとでもいうように、それだけを排除して、網膜に映ったそれ以外のモノを機械的に描き写したのだ。
 一方、先生の傍らに立っていた聖子は、いったいあのときどう感じていたのだろうか。ぼくの性器はあんなに勃起していた。そしてそれは目の前で上下に揺れさえした。そんな姿を見て、聖子はどう感じたのだろう。
 ぼくのことをヘンタイだと思ったのだろうか。でも、そうだったら、ここには来ていないはずだ。
 あのとき先生は、ぼくが勃起しているのを見ても何も咎めもせずにデッサンを続けていた。それなのに、そのとき傍らに立っていたきみは、視線を落として先生の描くデッサンだけを見ていた。ぼくはあんなに興奮していたのに、きみは目を伏せてぼくを見ないようにしていた。きみは、そのあと、目や指や爪など、細かいところを先生の描いたデッサンに描き足したと言う。それにしても・・。きみは、既にあの生きた男根の状態が何を意味しているのか判っていたはずだ。それなのに、きみはそれを見ようとしなかった。きみがあのときそれを直視できなかったのは、楽園を追放されて以来背負ってきた“原罪”に今でも縛られているからか。それとも、未だにユートピアのあこがれを捨てきれないでいるのか。もしそうなら、それを少しでも盗み視たいと心の内奥で欲したのか。つまり、今のこの社会の常識からすればこの“ユートピア”は犯罪であり狂っている。でも、人間社会が隠匿し続けてきた性はまた“快楽”でもある。そして、快楽であると同時に、このエネルギーは、“生”そのものでもあるのだ。肉体を持った人間の内、そのことを否定できる者は誰もいないはずだ。その証拠に、性の研究者であり『オルガズムの機能』の著者である“性経済論者”のライヒは、セックスの開放による社会革命を提唱した。そして、投獄され、獄死した彼が最後まで主張したのは、この「現実の社会的諸条件への無気力な従属だけ」が許されるだけの、この非人間的機械的近代社会を根底から覆す“セックスによる革命”だったのだ。彼は「真実のデモクラシーと責任ある自由」が実現されるためにはまず、人間がオルガズムに対する生物学的要求を満足させることのできる社会を実現させなければならないと主張した。
 あのとき、デッサンの指導をしていた先生が、モデルの勃起したペニスを前にして赤面しているきみに向かって「今すぐあなたも服を脱いで、彼とセックスしてもいいのよ」と言ったとしたら、教室はたちまち権力と慣習に反旗を翻すユートピア革命の発信地になっていただろう。 でも、先生にはそんなことを言う勇気はなかった。そして、うつむいてぼくを見なかったきみにも、公の面前でぼくとセックスする勇気などなかったに決まっている。だから、きみはぼくの男根すら描けなかったのだ。それなのにぼくは、奥歯を噛み締めて全身の筋肉を硬直させていた。そして、男根はさらに充血し、痛みと疼きと快感が限界に達し、今にも射精しそうなのを必死で堪えていた。それなのにきみはそれを目のあたりにすることをおそれ、不安を懐き、心労、ゆううつなどの心の葛藤をひきおこしていたのだ。「心身相関の構造は、社会的機能と生物学的機能との衝突の結果なのである」とライヒが言ったように、きみの生物学的自己の内にある自然な性的興奮を、社会的機能に負わされた罪の意識で抑圧する永遠の葛藤の中で苦しんでいたきみが本当にしなければならなかったことは、自分自身が拒絶している行為の内面的葛藤の原因そのものを見つめ、その奥に潜んでいる主観的空想の願望を認めて、目の前で生き生きと見えているモノを自分の意志によって直視し直し、そのとき己の内側に喚起される性的興奮のエネルギーを、ただちに芸術にまで昇華させることだったのだ!

 夜中のビニールハウスの中は、裸電球に照らされている。その空間の中で、二人の男女がコンパネの床の上に広げられた裸体のデッサンを挟んで対峙し、それに見入っている。
 黙って下を向き合ったまま、しばらく重たい沈黙が流れる。
 聖子の折り畳まれた素足。スカイブルーのジーンズのミニスカート。彼女の性がその中に隠されているコットン一枚のちょっとした防御。ぼくも今はジーンズを穿いている。でも、その下で下着もつけていないペニスがジーンズにこすれている。それがまただんだん大きくなってきた。先生のデッサンには描かれていなかったモノが、またここでも、ちゃんと存在し、生きていることを主張し始めた。でも、今はジーンズの下に隠れているこのモノ、あのときコレが公の面前で勃起していたとき、先生は突き出した木炭の先でぼくの頭身を目測しながら目を細めた。そのとき先生の細長い指先につままれた木炭の先が、勃起して裏返っていたこの亀頭の先をつつこうとしているように感じられて、思わずむず痒くなった肛門を何度も締めつけた。その瞬間、またしても勃起した性器が上下にビクビク痙攣した。そして、ぼくは強烈な羞恥を覚え、全身が熱くなるのを感じた。横に立っている長身の聖子はうつむいていた。が、それでもそれを見たかもしれない。二人の女性の目の前で、全裸で勃起したペニスを揺らしている自分が恥ずかしくて、火が付いたように全身から汗が噴き出してきた。
 今もあのときと同じくらいコレはもう我慢できないくらい勃起してきている。そして、あのときと同じように身体が熱くなって、我慢できなくなってきている。それなのに、二人は黙ったまま、性器の描かれていない先生の描いた全裸像のデッサンを見つめ続けている。
 ぼくは、そっとデッサン紙をつまみ上げた。もうこの絵はもう充分見たというように。そして、重ねられた下のデッサンを見るために、一枚めくってみた。するとそこには、さっきのとはまったく違ったタッチのデッサンがあった。


 
 
 
 
 
posted by hoshius at 10:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 狂犬革命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月09日

10 黒く汚れたデッサン




 
「あっ、それ見ちぇダメぇ!」
 聖子は慌て両手で木炭紙を押さえた。
「これ、さっきとぜんぜん違うね!」
 先生の描いた手馴れたデッサンとは対照的に、木炭を指でこすりつけたように真っ黒に描き込まれたデッサンが一瞬見えた。
「さっきのは先生が描いたデッサンだから見せてくれたんだ。でも、これはきみが描いたデッサンだから見せてくれないんだ」
 意地悪そうにそう言うと、聖子は真っ赤になって答えた。
「そうよ。だめ。失敗作なの。だから見ないで!」
「いいだろ。ぼくがモデルだったんだから!」
 そう言うと、聖子は諦めたように黙った。そして、ぼくがそれを見るのを許すように、木炭紙の上に置いている両手の力を抜いた。手をどけて見ると、さっきのデッサンとは違い、ぼくのペニスまでちゃんと描かれている。しかも、それは勃起して上を向いている。ところがよく見ると、そこには何度も描き変えられたような線の跡があり、消された線の上から執拗に描き込まれた木炭が木炭紙の上で黒光りしていた。聖子はあのときそれを描こうとして、ぼくの勃起した性器を何度も凝視したのだ。でも何度も失敗して、線を消したり描き直したりしているうちに、結局、指の油で黒く汚してしまった、失敗作のデッサン。でも、なにか異様な雰囲気を醸し出している。ぼくはその絵にじっと見入ってしまった。聖子は、そんなぼくの反応を確かめるようにぼくの目を覗き込んだ。

 あのとき、ぼくの全身からは汗が滝のように噴き出し、肌を冷たく伝うのを感じていた。視界がだんだん白くなり、教室は暑いのになぜか全身に寒気を感じるほど冷や汗をかいていた。それなのに、勃起した性器だけは熱く、亀頭はパンパンに張り詰め、今にもその先端から射精しそうに上を向いた男根がビクビクと脈動し始めていた。そんな恥ずかしい状態なのに、ぼくは大勢の美大の受験生に見つめられたまま、身体をそのままの形で固定させていなければならなかった。だんだん左脚が痺れてきて、重心を掛けている右脚の筋肉が硬直してきた。ぼくの裸の腰は勃起した性器を突き出したまま、ひざがガクガク痙攣し、裏返った重たいペニスを上下に大きく揺らし始めた。なにが起こったのか判らない。そのときぼくは眩暈を起こしてその場に倒れそうになり、バランスを失ってよろけ、重心を掛けていた右脚から力が抜けると同時に全裸のぼくの体は、皆の前でぶざまにポーズを崩してぐらついた。
 そのとき、今まで目を伏せていた聖子が初めてぼくを見た。
 まるで小便をする犬のようにつってしまった片脚を上げて、思わず台の上でケンケンをしてしまったぼくを、彼女は見た。そして、白く尖った八重歯を光らせて笑った。彼女の口元が意地悪そうに歪んだのを、ぼくは思い出した。

「ねえ、このデッサンはこれで完成?」
「え? だから言ったでしょ。失敗したの。失敗作よ」
「ここが上手く描けなかったんだろ」
 何度も描き換えた部分を指差すと、聖子は急に真っ赤になって下を向いた。それから、何か反論したそうな目でぼくを見た。
「だって、あなた、すぐ目の前にいたから・・」
「だから?」
「だって、あたし、ここ描こうなんてぜんぜん思ってなかったの。本当よ。でも、そこ描かないとなんだか変に見えてきて、バランス悪いでしょ、だから、・・でも、失敗して、こんなふうに・・描けなくなっちゃったの・・」
「だから、まだ完成してないんだろ?」
「う、うん・・。何度も描き直したんだけど上手く描けなかったの。おかしいよね? 先生に見られたら、いやだったし・・」
「そんなことないよ。ちゃんと描けばいいじゃないか。なんで、そこを描くのがおかしいんだよ」
「え? だって・・」
 ぼくは、唐突に、きつくなっていたジーンズのジッパーを開けた。
「えっ、なに?」
「今、描きなよ」
「え? なにを?」
「コレ」
 もう既に勃起していたものの覆いが外されて、ジッパーの間から彼女の目の前に生身の男根が立ち上がったとき、聖子は両手を体の後ろに回して後ずさりして行った。
「嫌なの? 早く描きなよ。あのとき描けなかったんだろ」
「えっ、どうして?」
 彼女は潤んだ目で、ぼくの股間をチラッと覗いた。思わず歪んだ口元から嬉しそうな笑みが洩れそうなのを一瞬飲み込むように堪えたのがわかった。ぼくは彼女が一瞬目を向けたそれを握って床に寝そべり、Tシャツを着たまま頭を上げて彼女を見つめた。
 聖子は決心したように、ぼくの裸の下半身を見つめ返した。
「あのぉ・・描いてもいいの?」
 ぼくは頷き、ジッパーを下げたジーンズを足先まで下ろした。そして、着ていたTシャツも脱いで、さっきの教室のときと同じように全裸になった。
 彼女は失敗作の未完のデッサンを床に広げた。そして、裸になったぼくに近づき、じっとぼくの腰を見つめた。
 聖子の胸が、前よりも膨らんで見える。

 あのとき、あんなにぶざまな格好で皆の前で勃起した性器を揺らしてしまった羞恥心と、脚がつってしまった痛みに耐えきれずに、ぼくはしばらく段の上でかがみ込んだまま立ち上がれなかった。自分では相当長い時間に感じられた、が、実際は一分も経っていなかったのかもしれない。やっとの思いでつった脚を前に伸ばすと、高い台の上から、さっきぼくを嘲笑した聖子を見下ろした。群れから外れた羊のように、彼女だけが他の生徒たちからぽつんと離れた位置にいた。先生に取られてしまった席の横に立ったままうつむいて、ぼくを見ようとしない。ぼくはそのまま、つった左脚をさすりながら、もう一度胸を張ってポーズをとり直した。
 こちらをじっと見つめていた先生は、モデルが再びポーズをとり直したのを見届けると、彼女の席から立ち上がった。聖子は空いた自分の椅子に座り、先生の描いた木炭紙を見つめた。
 ぼくはつった右脚をかばうように、後ろに回した右手で太ももの付け根をそっと押さえた。つった筋肉が緩んできた。勃起していたペニスもすっかり興奮が収まり、下を向いていた。

「ねえ、あたしのこと、好き?」聖子はぼくをデッサンしながら小さな声で訊いた。
「うん」
「どうして?」
「さっき言っただろ」
「え? そんなの聞いてない」

 ダビデ像のようにいったん小さくなったペニス。それを見て聖子は安心したのか、ぼくを見てデッサンし始めた。ところがしばらくすると、目の前にいる聖子の視線を感じて、出したままの性器がまたひとりでに充血して熱くなってきた。このままではまた立ち上がってしまう。
 台の上に立ったまま、勃起して裏返ったペニスをまた皆の前にさらけ出すのは御免だと思った。もうだれからも自分の興奮した性器を見られたくなかった。だから、そうするしかなかった。今度は、上に向かって伸びてくるペニスを腰にあてていた左手を放して押さえつけた。そして、そのまま腰を右にねじりながら左ひざを上げ、内股になって亀頭の先を太ももの柔らかい肌にひっかけ、なんとか勃起してきたペニスを股の間に押し込んだ。
 教室でデッサンをしている講習生たちは一瞬手を止めて、モデルが台の上で全裸のまま身体をよじり、股間に勃起してきた性器を押し込んでいる姿を息を呑んで見つめていた。でも、モデルが素早く性器を手で押さえつけて内股に挟み込み終わると、それまで静まり返っていた教室にどよめきが起こった。しかしすぐに、モデルがポーズをとり直したのを認めると、木炭を紙に走らせる音が再び教室に響き始めた。
 さっきは右脚に重心を掛け、左脚を開いていたからペニスは丸見えだったのに、今度は腰を右に捻り、内股気味で勃起したペニスを太ももの間に挟み込んでいるから、それは皆からは見えないはずだった。でも、なんだか前よりも余計に卑猥なポーズになってしまっていた。それに身体の向きも形も前とは違って右にねじ曲げているのに、誰も文句を言わない。それどころか、皆、さっきよりもせわしなく木炭を動かしながら、なぜか異常に興奮している。木炭を紙に走らせる摩擦音が、うるさいくらい教室に響いた。
 ところが、しばらくすると、内股の筋肉で締めつけていたペニスがだんだん充血して痛くなってきた。そして、太ももの間に挟んでいた亀頭がはち切れんばかりに膨張して、割れた尿道の穴が内股の皮膚に引き攣れて広がり、そこに針を刺すような痛みを感じた。そのうちにだんだん、その先端の割れ目から粘液が滲み出してきて太ももを伝い流れるのを感じた。やがて充血した亀頭を押さえつけている内股からも油のような汗が噴き出してきて、尻を伝って太ももまで滴り落ちてきた。
 むき出しの亀頭はドクドク鼓動してその裏側は粘液で濡れ、カイロのように熱くなった内股の皮膚はヌルヌルと汗ばんできた。そして、今まで肌と肌の摩擦で内股に引っ掛かっていた亀頭の先は、あっと気付いたときには既にヌルっとすべって押さえつけていた太ももから外れ、ブルンと勢いよく一気に垂直に立ち上がってしまった。
 そのとき教室が一瞬静まり返った。
 その瞬間、ぼくは思わず唇をきつく噛んで、一番前にいる聖子の目を見た。
 一瞬、目と目が合った。
 上を向いた彼女の目は、パンツも履いていないぼくの腰と同じくらいの高さにあった。
 不自然に腰を右にねじっていたから、下半身をそちらに向けている先に彼女がいた。股の間から外れて勢いよく立ち上がってしまったペニスは、ちょうど彼女の方に向かって裏返っていた。
 目の前にある彼女の顔は、ぼくの充血した亀頭のように真っ赤に充血していた。なぜなら、ぼくは真っ赤になっているその顔の方に向けて身体を不自然に斜めにねじり、尻を斜めに傾けて、裸の腰を彼女の方へ突き出していたからだ。そんなポーズになってしまったのは勃起したペニスを隠そうとしたからだが、今ではもうすっかり露出してしまった亀頭の裏側をよく見てくれと言わんばかりに、わざと彼女の目と鼻の先に突き出してるような格好になっていた。
 教室に響く木炭と木炭紙の擦れる音が、また一段と騒がしくなった。
 もうどうでもいい。こんな格好になってしまったぼくを、一番前にいる彼女にだけ見られていると思えばいい。そう自分に言い聞かせながら、ぼくは彼女の方に向けて右脚を開き、裸の腰と勃起した性器をさらに彼女の方に向けて突き出した。でも、聖子は自分の画架の後ろに隠れたまま、決してこちらを見ようとしなかった。

 ぼくは今、きみの前で勃起した性器を丸出しにしている。
 ぼくのこのペニス。それは、あのとき、公の面前で、今と同じように興奮してきみの目の前で勃起していた。それなのにきみはコレを見ようとしなかった。他の者が皆、コレに注目して興奮していたのに、きみだけが他の生徒とは違った目でぼくを見ていた。いや、きみは決してぼくを見なかった。でも、ぼくはきみの視線にだけコレを向けていた。今と同じように。そして、きみを意識すると、コレはますます硬く勃起してきて、熱を帯び、性器全体がドクドクと脈打ってきた。全身が熱くなり、きみと同じようにぼくも赤面していた。

 ぼくはきみにだけ、露出しているコレを見られていたいと思った。でも、きみに向けられて勃起して裏返っていた性器は、他の皆にも見られていた。でも、今は二人だけだ。でも、本当はあのときも二人だけだったのだ。きみは知っていたはずだ。二人の秘かな関係を。そして、ぼくがさらけ出している性器が勃起していたのは、きみのせいだということも。
 きみの鼻筋の通った小鼻は膨らみ、性的に興奮しているように見える。真っ白いポロシャツの胸はさっきよりも膨らみ、色気を発散させているように見える。きみは、もうとっくにセックスのことを知っているのだろう。既に誰か男とセックスを経験しているのかもしれない。いや、きっとそうに違いない。ペニスが興奮するとどうなるのか、それをどこにどうやって使うのかも、知的に知っているだけではなく、既に自分の身体で知っているに違いない。その熱や、感触や、匂いまでも・・。でも、きみが身をもって体験した男根がどんなものであれ、  今、目の前で勃起しているこの男根とは別物だ。この男根をきみが見るのは今日が初めてのはずだし、それに、あのときも、今も、これほど目の前でじっくりと勃起した男性器を眺めたことなど、今まで一度もなかったに違いない。
 きみはあのとき、何かを確かめようとでもするかのように、画架の横から真っ赤になった顔を出し、ぼくの目を見た。そして徐々に、視線を下に移動させた。そして、今、きみがそうしているように、きみはぼくの性器を視た。
 その刹那、耐えられないくらい強く、ぼくは裏返った亀頭の先に、きみの刺すような視線を感じた/感じる。その瞬間、ビンビンに腫れた丸出しの性器の張り詰めた皮膚に、痛いくらいの快感を覚えた/覚える。漏れ出す粘液でヌルヌルにめくれ上がった尿道の先めがけて、きみは熱い視線の一瞥を、針のように突き刺したのだ/そして今もきみはそこを見つめている。あのとき、きみはわざとそこを意識的に凝視したのだ/そして、今もきみは、そこを意識的に凝視している。
 ぼくはそのことを意識すると余計にペニスに歓喜を感じる。でも、あのとき、きみの目を見ると、きみはすぐに何も見なかったように視線を逸らせた。
 自分の瞳をほんの少し動かすだけ。眼球をわずか数ミリ回転させるだけ。“一瞥する”という行為は、眼球に繋がった微細な筋肉をほんの一瞬動かす意志を働かせるだけのことなのに、きみにとってそれは、勇気のいる決断だったのだろう。なぜなら、きみは、自分の目の前で勃起した性器を露出させている男を、心の中で嘲笑していたからだ。そして、そのことを意識しないではいられない自分自身をも同じように嫌悪していた。それなのに、自分の目の前で生々しく勃起して、既に明らかに露出しているタブーを一瞥した瞬間、きみは自分の意に反して思わず性的快感を覚えた。そして、きみはそれを一瞥した自分の行為に満足し、理性に反して明らかに性的快楽を感じたのだ。ところがきみは、自分の目でその形を認識した瞬間、タブーを盗み視た自分が誰かに罰せられ、自分が快楽を感じたことを誰かに悟られたのではないかと思って慌てて目を伏せたのだ。
 一番前に座っていたきみは、それよりも前にいるモデルのぼくに見られない限り、他の誰にも自分の視線を悟られることはないことを知っていた。だから、きみはあんなに強く、ぼくの亀頭の先を凝視したのだ。 そして、その後すぐにきみが目を伏せたのも、ぼくを意識したからだ。ぼくに自分の性的好奇心を悟られたのではないかと思って慌てて目を伏せたのだ。そう、きみはぼくに嫌悪されるのを恐れて、ぼくの男根を見るのを止めたのだ。
 それでもきみはまた再び、ぼくの丸出しの性器に視線を移動させた。そして、気付かれないくらい素早くそれを一瞥した。だからぼくはわざと、充血した裸の腰をさらに突き出し、肛門を閉めつけてペニスを硬く勃起させてやった。そして、それがもっとよく見えるように、わざと裏返った亀頭の先をきみの目の前に突き出してやった。今と同じように・・。
 すると、きみは、眉間に皺を寄せ、意味ありげに切れ長の目をすぼめ、嫌悪していることをぼくにわざとアピールするかのように、再び目の前に露出しているぼくの性器を凝視した。この犯罪を誰も止めない以上、自分がそれを視るのはしかたのないことなのだと自分自身に言い聞かせ、「わたしはあなたを嫌悪し、あなたの行為を非難している」と言わんばかりの表情で、じっとぼくの男根に自らの視線を固定させた。
そのとき、きみの表情は色っぽく変貌した。勃起した男根が自分に向けられていることに気付いたのか、それともそれが自分に見られていることに興奮していることに気付いたのか、それを見ることをぼくがどう感じているのか確認するかのように、きみは性的に興奮して裏返っている男根とぼくの目を交互に見比べ、確かめた。そして、自分の視線が誰にも咎められず、嫌悪もされないばかりか、ぼくの性器が勃起しているのは自分の視線のせいに他ならないことを悟って、一瞬、嬉しそうな表情を見せた。そして、勃起したペニスを見て赤面しながらも、前よりもずっと大胆に色気を発散さているように見えるきみは、初めて全裸のぼくを見ることを厭わず、新しい木炭紙の上に、何かをデッサンし始めた。

「あなた、あのときもそうなってた・・」

 あのとき、きみは、ぼくの男根を見たことを嫌悪されるのではないかと恐れて、そこから目を逸らせた。それなのに、きみは再びそれを視た。そして、今、自分の一瞥がぼくの男根を興奮させていることを知って、きみも性的に興奮している。そして、ぼくが知っているのを知りながら、何度もそれに視線を向けている。そして、ぼくもそこにきみの視線が向けられるたびに、それが自分の意志とは関係なく自然に脈動してくる快感を覚えている。明らかにコレは、きみの視線に刺激され、きみの視線に反応して興奮している。そして、きみの意識的な視線が更にぼくの性器を膨張させ、露出した亀頭の皮膚を濡らす。ぼくはもう我慢できないくらいになっている。今にも射精しそうに脈動を始めている。張り詰めた性器は、今にも精子を噴き出しそうになって自律的に上下に揺れている。
 決して触れ合うこともなく、彼女の視覚の中だけで表象されている裏返ったぼくの性器。それは、公の教室の中で、皆に眺められながらも、彼女の視線にだけ刺激され、今にも一人だけ爆発しそうなのを必死で堪えていた。そして、今もあのときと同じように、コレはもう我慢できないくらい大きくなって、そそり立っている。
 彼女の目からは裏返って見えるぼくの男根。それは、ぼくの目からは裏返って見えない彼女の木炭紙の上に、彼女があのとき、それを見て描いていた描きかけのデッサンとして存在していた。そして、きみはそれを何度も何度も描き直し、練り消しで消し、指でこすって真っ黒くしてしまったのだ。きみがあのとき執拗に何度も熱い視線を向けていた露出した亀頭の裏側。それが今、ここで再びきみに見つめられ、性的な悦びを感じている。そして、きみもあのとき、そして今この瞬間、性的な快楽を味わっていた/いるに違いないと思った/思う、なぜなら、きみが意識してぼくの性器を見ていた/いることをぼくが知って興奮していることを、きみも知っていた/いるに違いないからだ。
 二人が、同じ性的興奮に震えているタブーを別々の時間から同時に別々の視点から視、視られていること。そして、ぼくの実物の男根と描かれた男根。それら二つの異なるモノが実は同一のモノであることを意識した瞬間、二人は、強烈な性的歓びを感じる。この感覚は客観的に証明することはできない。それでも、当人同士にとってこの感覚は、疑いようもないほど確かなことなのだ。
 当然、彼女とは今まで、肌と肌を触れ合ったこともない。それなのに今、お互いに性的に惹きつけ合いながらも、空間的に離れたまま、あのときと同じように、きみと視覚だけで接触し合い、刺激し合い、想像でまさぐり合っている。混濁した不確かな思考。甘美な可能性と官能的願望。
 感覚的欲望によって過去の記憶を今のものとして修正させることが可能だとしたら、ぼくは羞恥心と罪悪感を麻痺させることによって、現実的肉感的快感を鈍らせることを補い、逆に自覚的視線的行為の執拗な持続によって、自虐的性的欲望の自慰的時計の歯車を一瞬でも静止させるだろう。それは、ペニスを勃起させていることを見つめている彼女の快楽に、彼女自身気付かせる新たな可能性に他ならない。そして、それは、今、勃起したこの男根が射精することなのかもしれない。
 そう思った瞬間、ぼくは眩暈を覚えた。そして逆に射精するのを必死で堪えた、そのとき、奇妙な感覚が記憶の中に甦ってきた。まるで時間が止まった中に二人だけが取り残されたような、デジャヴュのような、過去に何度もこれと同じことを体験してきたような、そして、その永遠の繰り返しの記憶に、たった今気付いたような、吐き気をもよおすような永遠の繰り返しの感覚。きみの記憶が今のぼくのような。いや、ぼくのあのときの記憶が、今のきみのような・・。

「ねえ。あなた。どうしてここにいるの?」
 また唐突に“あなた”と呼びかけられてハッとした。
「え?」
「あのぉ・・実家はどこ?」
「え? 実家?」
「そう。・・だって、ここに居候してるんでしょ?」
「そうだけど」
 そうだけど・・と思って気付いた。
「お母さん死んだから・・」
「えっ?」
「お母さんが死んだんだ。だから、ぼくはここにいるんだよ!」
「えっ? あっ・・あぁ、そう。ご、ごめんなさい。でも、どういうこと?」
 自嘲的に笑う聖子に描かれているぼくは、全裸で勃起したまま、自分の生い立ちを語っていた。
 母が死んでから仙台の伯父の家に預けられていたこと。高校を卒業してから伯父の家から家出するようにまた東京に戻ってきたこと。そして、それから行く当てもなく、そのままカリフォルニアに行ったりしたことなどを無意識に自動的に思い出すまま喋っていた。
「じゃあ、お父さんは?」
「ああ。ぼくが三才のときにいなくなったよ」
「え? じゃあ、それ以来ずっと母子家庭だったの?」
「そうだよ。母子家庭のアパート住まいだよ。だから、ぼくには“家”なんてないんだよ」
「あっ・・ごめんなさい・・」
 聖子は、ぼくの勃起したペニスをチラッと見て、「かわいそう」と呟いた。いや、ただそう言ったような気がしただけかもしれない。
「だから、ここが、今のぼくの家なんだ」
 聖子は気まずそうにぼくから目を逸らせて言った。
「そう。自由でいいわね」
 ぼくに同情してそう言ったのだということは分かっていた。
「きみの家はどこ? ここから近いんだろ。いつでも、ここに、遊びにおいでよ」
 彼女は、裸のぼくに近づきながら肯いた。
「うん」
 ぼくも聖子が描いている木炭紙の方に、自分の裸の腰を移動させた。すると彼女も前のめりになって、勃起したぼくのペニスに顔を近づけた。
 そのとき、おもむろに聖子は、露出して裏返っている亀頭の先を、持っていた木炭の先でつついた。
 Ooo!
 思わず声が出た。
 それまで絵を描くために紙にこすりつけていた木炭の先を、何を思ったのか、勃起した亀頭の裏側にこすりつけた聖子は、今度はそれを指先でつまみながら、木炭の先で男根の裏側を何度も上下になぞりながら、尿道の割れ目に木炭の先端を押しあてた。ぼくは耐えられなくなって彼女の頭を掴み、髪の毛をぐしゃぐしゃにした。聖子は、木炭の先をペニスの割れ目にあてたまま、その先端を舌先で舐めた。ぼくはもう我慢できずに、彼女の顔を股の間に押しつけた。二人はお互いの顔を相手の股にうずめて逆さに抱き合ったまま、コンパネの床に転げた。そして、聖子の口の中に、熱くなったペニスがしゃぶられると、咽喉の奥から押し上げられるような太い声が喘いだ。
「あぅん・・あん・・うぅん」
 口に頬張ったそれを、必死につばで濡れた唇と舌で舐め回している聖子の尻が、ブルージーンズのミニスカートから丸見えになっている。でもそれは下着をつけていたから、それを外して、見た。腰に巻かれていたベルトを外し、ミニスカートを下し、ぼくと同じ全裸にしてやると、聖子の性器の粘膜が大胆に開いた。
 羞恥するように腰を振る彼女の熱い恥部に触りながら、静かに訊いた。
「どんな感じがする?」
「気持ち、いいわ・・」
「本当?」
「本当・・」
「感じる?」
「感じる・・」
「どんなふうに?」
「ああ。初めてなの・・」

 忘れていた過去の記憶の断片が一気に押し寄せて来て、ぼくの頭はにわかに放電し始め、電荷が飽和状態になると、逆流する思考の震動が始まり、得体の知れない脳内の圧力に聴覚が脹らんだように幻聴が高まって、左の米神に、またあの、チンピラにリンチされ、革靴の先で蹴られたときと同じ激痛が走った途端、ぼくは気を失いかけた。一瞬、静寂に包まれ、そのあと自律的な思考の逆流が波のように打ち寄せてきて、ぼくは舌の代わりにアレを上下に動かしながら、聖子に向かって語りかけていた。

 きみがそれを描いていたとき、ぼくは確かに異常に興奮していた。そして、きみにコレを見られていて気持ちがよかった。きみに見つめられていることが嬉しかった。そしてそれだけではない。ぼくは遠い過去の中に置き忘れてきたような何か重大な記憶を思い出しそうな気がしてきて、眩暈を起こしそうだったんだ。それは、射精しそうな焦燥感と似ていて、時間がゆっくりとクライマックスに向かって行くのを惜しんでいるように、でも、逆に早くそれが起きるのを期待しているように、だんだんと我慢できなくなってきたぼくは、でも、もちろんまだ射精はしていなかったし、今もまだ射精してはいない、でも、今なら射精できる、きみとぼくしかここにいないからね、でもあのときは、そんなことはできなかった、だから、あのときは、その記憶も思い出せなかったような気がする。でも、今また左の米神のあたりがキーンと痛くなって、後頭部にノイズが聞こえてくると、またあの夢想が始まっていることに気付く、自律的に始まる過去の回想のような、いや、永遠の繰り返しの吐き気を催す記憶、それを何度も何度も繰り返し思い出しているのを別の自分が見ているような、永遠の繰り返しの渦巻き、忘れていても、白昼夢を無意識が思い出していることに顕在意識が気付いていないだけで、それに気付くと正気を失ってしまうことに慄いているような、でも、ペニスが勃起してはち切れそうになっている感覚も、同時に自覚しながら、受動的に“夢想”し、身体中が性エネルギーに満たされて、もうこれ以上ないほどの勢いで頭の隅々まで逆流する、記憶の喚起のようなものに、突如、襲われたような・・。

 遠くに、ガラガラと長屋の台所の勝手口が開く音が聞こえる。


 
 
 
 
 
 
 
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2009年01月08日

11 かのはじまりのとき



bigining.jpg
 
 
 自分が公の教室の面前で全裸で聖子の前にペニスを突き出していたときの場面が、それ自体そのまま、既に運命として定められていたことのように感じる。

「感じる?」
「ああ、感じるわ」

 そう思うなんてとても不思議な感覚だ。もしかしたら、そう感じるこの精神それ自体が、既に壊れてしまったのかもしれない。あのとき、公の教室の中で、ぼくは勃起して射精しそうになっていた。でもそのとき、ぼくは、今、ここにいる聖子と、こうして裸でお互いの身体を交えているように、そのことを夢想していた。それが、今の現実なのか、それとも、あのときの夢想なのか、だんだんわからなくなってきた。
 聖子の硬く閉じた大臀筋と大臀筋の間に汗が光っている。そこに指を這わせると、簡単にすべって中にもぐりこむ。今まで硬かった尻が急にやわらかくなって、両脚の間から桃色に光る濡れた花弁が開く。ぼくはその蜜を吸うように唇をすぼめて、それを吸う。

「あっ、ダメ」

 ぼくは今、きみのやわらかく濡れた花弁に唇をつけている。すると、神聖な気持ちがしてくる。これ以上ないくらい崇高な感情。それはきみがぼくを許してくれているからだ。ぼくはきみの花弁の奥まで舌を入れ、味わう。

「愛してる?」
「ああ。愛してるわ」
「本当?」
「ああ。本当よ」

 あのとき、きみはぼくの勃起した生身のペニスを視ていた。そして、今、きみはそれを口の中に入れ、ゆっくりと自分の舌で愛撫してくれている。そのせいでぼくは崇高なものを信じるように、感情が震えている。
 そして、きみの身体も震えている。

「感じるの?」
「あー。感じるわ」
「本当に?」
「本当に本当よ。ほんとう。・・ああ感じる。もう・・ダメ・・」

 ぼくは、かのはじまりのとき、すでにいた。
“私”は初めにいた。
 神は私だ。
 そして、きみもそこにいた。創世の初め、ぼくら男女は、楽園にいた。かのはじまりのときすでに、きみとぼくは男女であり、こうしてふたりでひとつになっていた。そんなふうに思うなんて、ぼくは狂っているのかもしれない。でも・・。

 昂奮した二人は、我を忘れてお互いの性器を舐め合っている。
そして、もう我慢できなくなってきた男根を、彼女の口から外し、彼女の濡れた花弁の奥に挿入する。

 ガラガラと長屋の台所の勝手口が開く音が聞こえてくる。
 お互いにお互いの性器を交わらせて抱き合っていた二人は、我に返る。
 ぼくは聖子の太ももの間から男根を抜き出し、聞き耳を立てる。
みしみしと居間の畳を踏む音が聞こえる。田口が帰ってきたのだ。そして、こちらに近づいて来る。
「田口さんが帰ってきた!」
 息を潜めて言うと、聖子は慌ててぼくの体から離れた。
 ぼくは射精しそうになっているペニスの口を握った。
 一瞬、精子を吐き出しそうになって堪えた男根が痙攣する。
 田口はきっとかなり飲んでいるに違いない。田口が飲むときは最低でも一升は飲む。
 聖子は慌ててブラジャーを掴んで胸を隠した。
「ちょっとここで待っててくれる?」
 急いでTシャツを被り、Gパンを穿いた。
 聖子は不安そうな目をしてぼくを見ながら、脱がされた衣服の固まりを掴んで裸の胸と腰を隠し、ビニール小屋の奥の方まで、座ったまま後ずさりして行った。
 ぼくは長屋のビニールハウスの裸電球を素早く消してから、腰をかがめて狭い通路を通り、居間に出て行った。

「よう。どうだった?」

 田口はランニングシャツを着て、そこに立っていた。
 ちょうど入って来ようとしているところだったから、ぼくが出なければ、聖子は裸のまま見つかっていただろう。
 田口がビニール部屋に入って来ないように前に立ちはだかって足元を見ると、裸足の親指が真っ赤になっている。顔も体も真っ赤だ。アルコールが皮膚から蒸発して臭っている。相当飲んでいるに違いない。が、田口はいつものように人の良さそうな笑いを浮かべてぼくを見ている。
「どうだった? 加奈子さんいい人だっただろ。おまえ、彼女に気に入られたんじゃないのか!」
 いつもより饒舌になって冗談を言っている。
 ぼくは居間の方に彼を誘導して行くと、田口はそのまま台所に向かい、冷蔵庫からビールを出してきて居間のちゃぶ台の上に置いた。
「おまえも飲むか?」
「うん」
「グラス持って来いよ」
 台所に行き、グラスを二つと栓抜きを持って、急いで居間に戻った。
 田口は自らビールの栓を開け、手酌で注いで一気に飲み干した。
「どうだ。モデルは? 楽勝だっただろ!」
「うん」
「おまえ、ああいうの、病み付きになるんじゃないか」
「そんなことないよ」
「おれは嫌いじゃないけどな」
 田口はぼくのコップにビールを注いだ。
「じっと自分の身体を見つめられるってのも悪くないだろ」
「いや・・ぼくは田口さんみたいに舞踏家じゃないから・・」
 コップを持って、ビールを一気に飲み干した。
「まあそうだな。おまえはどちらかというとエンターテイナーじゃないからな!」
「うん」
 真っ暗にしたビニールハウスの奥に息を殺してうずくまっている聖子が気になった。
「でも、加奈子さんに来週もやってくれと言われただろ」
「いや。またお願いするって言ってたけど、来週とは言わなかったよ」
「そうか、でも、おまえ、来週もオレの代わりに行ってくれよな」
「え、来週? どうして? もう嫌だよ」
「嫌か。どうして?」
「だって千円しかくれなかったから・・」
「え? 千円?」
「そう、千円」
 田口はゲラゲラ笑った。


 
 
 
 
posted by hoshius at 08:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 狂犬革命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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