2009年01月04日

15 現実は数字によって作られている


 
 
「おまえ、千円しか貰わなかったのか?」
「うん。領収書にサインさせられたんだけど・・」
「そのとき確認しなかったのか」
「うん」
「馬鹿だな。ちゃんと確認しなきゃ」
 田口はビールを一本空けると、立ち上がった。
「加奈子さん、うっかりして札を間違えたんじゃないのか。俺が今電話して訊いてやるよ」
 ぼくは、封筒の中に入っていた先生の電話番号と住所の書かれたメモを思い出した。
「いいよ。べつに、千円だって・・」
「いや、よくないだろ。あのクラスは加奈子さんが個人的にやってるようなもんだから、そりゃあバイト代も彼女が勝手に決めてるのかもしれないけど、それにしても千円じゃ安すぎるだろ」
「いいよ。別に・・。それにまだ帰ってないよ」
「いくらなんでも、もう帰ってるだろ。こんな時間なんだから」
「そうかな。先生の家ってどこなの」
「いい所に住んでんだぜ。広尾だよ。広尾。」
「え、広尾?」
「そう。一軒家」
「じゃあ、地下鉄?」
「あー。六本木の次」
 ぼくはそれを聞いて、今すぐにでも行きたくなった。
「まさか、おまえ、彼女の家に行くつもりじゃないだろうな」
「まさか、どうして?」
「じゃあ、今から電話するからな。おまえも出るか」
「いいよ」
 田口は立ち上がって台所に行き、もう一本ビールを持ってきた。
 ところが、戻ってくると、前とは打って変わって深刻そうな表情になっていた。そして、急に思いついたように言った。
「おまえ、なんかしたんじゃないよな」
「え、別になにも・・」
「本当か?」
「うん」
 田口は、ちゃぶ台に置かれた栓抜きでビールの栓を抜いて、手酌でコップに注いだ。
「おまえ、変なことして、加奈子さん怒らしたんじゃないだろうな」
 田口はぼくが何か言うのを待っていたが、黙っているぼくを見ると、注いだばかりのビールを飲み干してから、プッシュホンを引き寄せて、番号を大きい人差し指で押した。
――あー。田口です。今日は、若いもんがお世話になって・・。そう、それが、変なこと言うから、奴が・・。うん、うん、そう・・いや、千円しか貰わなかったって・・うん、そう、・・・もちろん・・そりゃそうだ・・え?・・なんだ? そりゃ・・アハハハ、あー、はい・・そりゃあ・・奴・・犬みたいなもんだからさ・・え? いや、犬以下・・あーね・・ぶっ飛んでる?・・え? 本当?――
 黙って話しが弾んでいるらしい田口を見つめている。
――なんだそりゃあ!・・とんだ脳梅だ! まったく、そりゃ・・いや・・本当に・・とんだことを・・うん。どうも・・まいったな。あ、はい、はい・・ありがとう・・わかりました。今いるから・・そう・・ここに。じゃ、またあとで・・――
 電話を切った田口は、いきなり怒鳴った。
「おまえ、なんだってオレに嘘つくんだ!」
 舞踏家が怒るとこんなに大声が出るのかと思った。
「おまえからピンはねしようなんて、オレは思ったこともないしなあ、それに、おまえから食事代だのなんだのを貰おうなんて思ったこともないんだぞ。その上、おまえにぴったりのバイトまで紹介してやったのに、なんだってオレに嘘つくんだよ!」
「え? 嘘なんてついてないよ」
「バカヤロウ! 加奈子さんは、ちゃんと渡したって言ってたぞ。一マン円。それにな。おまえ! いったい何したんだ!」
「え?」
「おまえ、そこに来てた女の子に悪戯したのか!」
 酔って田口の声が無尽蔵にでかくなっている。周りには家もないし誰も住んでいないから、どんなに夜中に大声で叫んでも問題はない。でも、ビニールハウスには聖子が隠れている。真っ暗なところに閉じ篭っている彼女は、いったい何が始まったのかと思うだろう。
「おめえ! その子の名前も言ってたぞ、加奈子さん。男子便所で泣いているのを見つけた男子がよ、先生のところに連れてきたんだってさ。そしたら、その子はおまえに悪戯されたって言ったっていうじゃないか。どうなんだ! おまえ! 無理やり犯ったのか!」
「いや」
「いやじゃねーだろ。どうなんだ!」
「中学の後輩だよ。あんな所で会うなんて思ってもいなかったから・・」
「だからなんだってんだよ! なに言ってんだ、オマエ!」
「だから! 無理やりやった覚えなんて、ぜんぜんないよ!」
「なんだと! オマエがそうでも相手は違んじゃねェか! この脳梅!」
「なんだよ! その言い方! よくないよ!」
「フザケルな! この野郎!」
 田口の無尽蔵にでかい声が長屋を震わせた。
「その子が何て言ったか知らないがなー、加奈子さんだってこのままじゃすまないって言ってたしな」
「じゃあ、どうすればいいんだよ!」
 面倒なことになったと思った。こんなゴタゴタになるとは思ってもみなかった。それに、奥に聖子も隠れている。
「おめえ、どうすればいいって、おめえのやったことだろ! どうすればいいか自分でも判んないのかよ!」
 そのとき突然、ビニールハウスから、背の高い聖子が幽霊のように現れ出てきた。
「おじゃましてます」
 田口に向かって挨拶した。
 田口はあっけに取られていたが、社交的に笑って言った。
「あー、きみ、加奈子さんのデッサンに来てる子?」
「そうです」
「背が高いから覚えてるよ」
「彼に誘われて・・ここに来たんですけど・・」
「あ、そう。こいつにね・・。そ、そうだろう」
 田口は目の前につっ立っている背の高い聖子を見上げると、急に満面の笑みを浮かべて言った。
「いらっしゃい」
 聖子は、こうして薄暗い男だけの部屋で見ると一段と美人に見えるし、スタイルも良くて魅力的だ。
「まあ、ここに座りなよ。ビールでも飲む?」
「あ、はい・・」
 さっきまでのことが嘘のように、きちんと服を着た姿で聖子はすっかり機嫌が良くなった田口の横に座った。
「おい、おまえ! グラス持って来てやれ。それにビールもう一本! それから、なんかなかったかな、つまみ」
 ぼくは、台所に行って冷蔵庫を開け、中を物色した。
 居間では、田口と聖子がなにやら話をしている。
――まー、あいつは、捨て犬みたいなもんだから・・悪い性質(たち)じゃないと思ってたけど・・着地できないまま・・そんなことになってな・・犬と同じで・・叱るときはしからないと・・痩せ犬?・・アハハ・・きみも・・同じくらいの年・・だから・・若さってのはさ・・――
 田口の言葉だけ断片的に聞き取れる。聖子の声もときどき聞こえるが、何を言っているか判らない。
 冷蔵庫の中に竹輪があったから、流しの包丁で一口大に切って皿に盛り、壜ビールとグラスと一緒に持って行った。

「こいつが地べたに転がってたときの姿さ。美しかったのよ。わかる?」
 田口が聖子に訊いている。
「えっ、倒れてた?」
「そう、新宿の路上でチンピラにリンチされてたのよ」
 持ってきた竹輪の皿とビールとグラスをちゃぶ台の上に置いた。
「最初さ、路上でパフォーマンスやってるのかと思ってさ。見てみたら、本当に口から血吐いて倒れてるじゃない。でも、その姿、いい形してたのよ」
 田口は舞踏を見るように、リンチされていたぼくを見ていたのかもしれない。
「おまえ、蹴られながら地面見てただろ。その目がとってもメランコリックだったから、オレはピンときたんだ。おまえは普通じゃないなってな。だからおまえのこと助けたんだぜ」
「え? メランコリック?」
 黙って田口の話を聞いていた聖子が訊いた。
「そう。地面見てる目が、ぼんやりと現実離れしてたのよ。あのときはな・・」
 今は違うと言いたいのだろう。拾った犬が発情したからか。
「あのとき、ぼく、もっと蹴ればいいと思ってた」
「え? なんだそりゃ?」
 田口はすっとんきょうな声を上げた。
「蹴られているのはぼくのエゴだと、ぼくは自分に言い聞かせていた。だから、もっと蹴ればいいと思っていた」
「どうして?」
 聖子が納得できないと言うようにぼくに訊いた。
「自分自身を守ることに必死になっているエゴが、自分が全てだと勘違いして、大いなる全体を認識するのを邪魔している。だから、ときには、自分が死ぬんじゃないかと思うほどのショックを受けることも必要なんだ」
 それを聞いていた田口は、間を置かずに言った。
「それ、誰の思想だ?」それからぼくの答えを待たずに続けた。「まあ、舞踏だって同じことだけどな。自分の体をコントロールしている自分自身を見つめるんだ。で、自分を動かしている衝動がちっぽけなものから来ていたら、舞踏もちっぽけになる。だから、より自由になることを求めるんだ。より自由に身体を動かすこと、それは自分自身がより自由になるっていうことだ。そして、より自由っていう自由は、つまり・・重力から自由になるってことなんだけどな」
 田口は、倒れることより立つこと、立つことより飛翔することこそ自由だと思っているらしい。
「ふーん。でも、結局人間は地面に倒れるしかないよね」
「まあそうだ。結局だれでも最後は死んで土に戻る。それでも、生とは、やはり、立つことなんだ。そして飛翔することなんだ。そうだろ?」
 田口は聖子の方を向いて同意を求めた。
「そ、そうですね・・」
 聖子は気乗りのしない様子で静かに答えた。
「重力のままに地べたに寝ているのもいいけど、やっぱり空に向かってジャンプするのもいいね。ニジンスキーみたいに」
 ぼくが言うと、田口の顔が一瞬輝いた。
「おまえ、ニジンスキー好きか?」
「うん。あの写真、いいよね」
「あー、薔薇の精の写真か」
「うん」
「ニジンスキーは、まるで空を飛ぶように飛翔したらしいよ」
「薔薇の精の写真ですか? あたしもさっき見せてもらいました」
「そう。女性が見てもきれいだろ?」
「そうですね」
 聖子は告白するように答えた。
「まー、こいつは、こういう奴だから、おれも拾ってきて置いてやってたんだけどな・・だんだん盛りがついてきやがって」
 田口は思い出したように運んできたグラスにビールを注いで聖子に差し出した。
「こうしてオレといれば大人しいんだけど、な?」
 田口は、ぼくを見てそう言いながら、今度は聖子の方を見て言った。
「未成年に酒を勧めちゃいけないけど、まあ、いいだろ!」
 聖子は遠慮がちにビールの注がれたグラスをちゃぶ台から掴み上げると、一気に口に流し込んだ。
 さっきまでぼくのペニスをしゃぶっていた唇が、ビールの泡で濡れた。田口は聖子の飲みっぷりに見惚れた様子で、空になったグラスに再びなみなみとビールを注いだ。聖子はまたそれを口につけて、黄色い液体をすすった。
 なんだか聖子の顔が前より青白く見える。
 田口は聖子のことを、彼女が女であることに満足しているような目つきでしげしげと眺めながら、諭すような口調で語り始めた。
「男と女なんていうものはさ、所詮、雄と雌だからな。コイツの言うことも理解できないわけじゃないんだが・・」
 ぼくは何も言ってやしない。
「でも、犬や猫じゃあるまいし、ションベンするみたいに交尾したって情けねーだろ。な、人間なんだからさ」
 ぼくは手酌で自分のグラスにビールを注いで勝手に飲み干し、竹輪をつまんで口に入れた。
「きみは今、幾つ?」
「十九です」
「あ、さっきも聞いたっけ。若いよな」
 田口は一人芝居の役者のような口調で言った。
「それで、コイツがやった子は十八か」
「え? やったって?」
 聖子が顔色を変えた。
「コイツ、学校のトイレで、犬みたいにやったんだってよ!」
「え? なにをですか?」
「だから、交尾って言うか、その・・」
「最低!」
 聖子は、ぼくの目を見た。
「そ、そうなんだ・・。誰と?」
 動揺した聖子は、独言のように呟いた。
 黙っているぼくを見て、田口がとぼけて言った。
「ほら、やっぱりおまえの彼女は犬じゃなかったな。加奈子さんは狂犬が趣味らしいけどな・・」
 聖子が赤くなって震えている。
「それでおまえ、この子ともやったのか?」
「やってません!」
 聖子は黙って竹輪を食べているぼくを睨んで立ち上がった。
「あたし、帰ります!」
「うん。そうしたほうがいいな」
「どうして、そんなこと言うんだよ!」ぼくは田口に食ってかかった。
「おまえは、送ってくなよ」
 ぼくは座ったまま、聖子を見た。
「こいつにはさ、きみよりずっと年上の女の方がいいんだよ」
 田口は何を思ったか、そんな台詞を立ち去る聖子の背中に語りかけた。
 聖子は振り返って、泣き出しそうな顔でぼくを睨んで「マザコン。気持ち悪い」と吐き捨てるように言った。そして長い脚でつかつかと台所の勝手口に向かって歩いて行った。
 田口は、大声で聖子に言った。
「送ってけないけど気をつけてね! また遊びにおいで!」
 聖子の声がかすかに聞こえた。
「おじゃましました!」
 ガラガラと勝手口が閉まる音がした。
 そのとき反射的にぼくは、ちゃぶ台の前に座ってタバコをふかしている田口に怒鳴った。
「お世話になりました!」
 そして、急いで勝手口に走った。
「おう。お前も行くのか」
 黙って外に出ようとした。
 居間に座ったままの田口は、大声でぼくに叫んだ。
「おい! 元気でな! 連絡しろよ!」


 
 
 
 
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2009年01月03日

16 台風の雨に打たれながら路上で


 
 
 草ぼうぼうの裏庭から走って、誰もいない幅の広い一本道に出ると、聖子を捜して辺りを見回した。夜で見えにくいが、遠くまで見渡せる一本道だからすぐに見つかる。聖子は闇雲に走っていた。十字路を曲がった。追いかければ簡単に捕まえられる。
 全速力で走った。
 すぐに聖子に追いついた。
 細くて長い腕を掴んだ。
「やめてよ! 変態!」
 大声を出して抵抗し、手を振り払ってまた走りだした。
 それなら疲れるまで泳がしてやろう。
 ゆっくり後を追った。
 辺りは人気もないし街灯もまばらだ。地主の税金対策の畑が道の両側に広がっている。
 見上げると、星も見えない空に重たそうな雲が低く垂れ込めていて、生臭い風が吹いている。
 ポツポツと雨が降ってきた。
 聖子は走って逃げて行く。
 ぼくは黙って追いかける。
 だんだん雨がたくさん降ってきた。
 そろそろ捕まえてやろうと思った。
 全速力で走って後ろから腕を掴んだ。
 振り向いた聖子はいきなりぼくの頬を叩いた。
「やめてよ! ヘンタイ!」
 聖子の身体を抱き締めて、キスしようとすると、必死になって抵抗し、ぼくを突き飛ばそうとして自分から尻餅をついて路上に倒れた。
 ぼくは仰向けに倒れた彼女の上に馬乗りになって、バタバタさせている腕を掴んだ。
「マザコン! 変態!」
 聖子は口汚く罵りながら、必死で抵抗した。
「やめてよ! やめなさいよ!」
 あまりにもうるさいので、わざと殺そうとするかのように首を絞めてやった。
 聖子は顔を歪めて苦しみながら、今度は急に大人しくなった。
「お願い。やめて。お願い」
 いったい何をやめてとお願いしてるのか、ぼくには判らなかった。
 雨がザーザー降ってきた。
 そこにいる女がただ、あまりにも無力に見えたから、かえってメチャクチャにしてやりたくなった。
 雨で濡れた髪を掴んで頭を持ち上げ、歯ぎしりしている唇を嘗め回してキスすると、聖子が頭突きをしてきた。
「痛い!」
 自分でしたのに、頭蓋骨が自分のより硬いぼくの頭蓋骨にぶつかると、聖子の顔が痛みと憎しみで歪んだ。目は真っ赤に充血して、汗のように涙が滲んだ顔がグシャグシャになった。
 雨で濡れたポロシャツの上から、ブラジャーに覆われている胸を掴んだ。
 じっと彼女の目を見つめると、嗚咽のように呼吸を荒げて泣きじゃくりながら、なにか弱弱しく言っている。
「ご、ごめんなさい・・やめて・・ごめんなさい・・やめて・・」
 その顔を見ていると、さっき射精できなかった精子をたまらなく吐き出したくなった。
 馬乗りになったままジーンズのジッパーを下ろしてペニスを引っ張り出し、聖子の顔の前に突き出した。
「お、お願い・・やめて・・」
 顔をそむけた聖子の髪を掴んでこっちを向かせると、ぎゅっと目をつぶった鼻先の軟骨に、硬くなったペニスの先を押しつけた。髪を掴まれた聖子の顔が歪んだまま、必死に口をつぐんで荒い呼吸を殺している。
 涙と一緒に鼻水を垂らしている鼻の穴に男根をこすりつけ、びしょ濡れになったペニスを片手でしごきながら、雨で冷たくなった聖子の頬に、熱くてたまらない亀頭の裏をこすりつけていると、急に突き上げてきた。ぎゅっとつぐんだ唇に尿道の先を押しあてて、一気に射精してやった。
 そのとき急に思いついた。
「お願いがあるんだ」
 抵抗できずに泣きじゃくっている白い顔は、飛び散った精子を浴びたまま、ゆっくり目を開いた。
「な・・なによ?」
「千円貸してくれよ」
「え? せ、千円?」
「そうだよ!」
「わ、わかったわ。わかったから、放してよ!」
 放してやると聖子は起き上がり、道路に放ってあったバックから財布を出してきて千円札を引き抜くと、震える手でぼくに差し出した。それをひったくって、立ったまま聖子を抱いた。そして、ぼくの精子でベトベトになった頬を掴み、泣きじゃくって震える口に舌を突っ込んで、股間に手を入れてそこを触った。しかし、それを振りほどこうとして両手でぼくの胸を強く押した聖子が、また自分から尻餅をついて地面に倒れた。
「おい! 千円かよ! もっと貸してくれよ!」
 腰が抜けたように立ち上がれなくなった聖子が、そばに転がったバッグから、また財布を引っ張り出した。ぼくはそれをひったくって中から金を抜き出し、空になった財布を道路に叩きつけた。
 ジーンズのポケットに、掴んだ札と小銭を突っ込むと、まだ出したままになっていたペニスに気付いた。まだ勃起していたから、それを握り、そのまま路上に尻餅をついている聖子に向けて放尿してやった。
 近くの街灯に照らされて、黄色い水の飛沫が、連なったイエローダイヤの数珠のように光って聖子の顔に降り注いだ。泣きじゃくりながら、恐怖に引きつって力の入らない聖子は、ぎゅっと目をつぶったまま、口や頬や鼻をびしょびしょにして、地べたに転がっている。
 放尿し終わると思わず身震いして、精液と小便で濡れているまだ硬いペニスを振ってジーンズの中にしまった。
 股の下にある顔を見ると、それは歪み、唇を硬く閉じて泣き声を飲み込んで震えていた、が、急に生き返った仔鹿のように目を剥いて立ち上がると、バッグを掴んで一気に走って逃げた。
 急いで一物をしまい込んでジッパーを引き上げ、追いかけようとしたそのとき、ジャリっと靴底で何かを踏んだ。
 道路に散乱していた聖子の木炭だった。
「キチガイ! 死ね!」
 路地を曲がる前に、聖子がこっちを振り返って叫んでいる。
「マザコン! ヘンタイ! 死ね! キチガイ!」
 雨音が急に高まって、女の罵声をかき消した。
 踏みつけて粉々になった木炭の破片が、打ちつける雨粒に洗われて、アスファルトの上を流れていく。髪も、Tシャツも、Gパンも、びしょ濡れになった。まるでシャワーだと思いながら、青白く光った空を見上げると、雷鳴が轟いた。
 雨が打ちつけるだけの風景にはもう、聖子の姿は見えなかった。
 ゆっくりと、雨に濡れながら、駅に向かった。

 蛍光灯が眩しい駅に着くと、何もかも照らし出されているようで、人目が気になった。
 煩わしい人ごみを避けながら、転げ落ちるように階段を駆け下り、地下鉄の路線図を見上げて広尾までの運賃を確かめ、券売機に震える手で小銭を押し込んだ。
 ボタンを連打すると、薄い紙切れが出てきた。それを濡れた手でつまんで改札を走り抜けると、ちょうど止まっていた電車に駆け込んだ。
 締まりかけていたドアに身体が当って大きな音を立てた。かっとなってドアを拳で思いっきり叩くと、椅子に座っている中年の男がぼくを睨んだ。睨み返すと、男は目を伏せた。
 窓ガラスに映った自分の姿を見た。長髪が額に張り付いている。Tシャツもびしょびしょになって上半身に張り付いている。
 耳鳴りがする。
 誰にも愛されない自分が、真っ黒い鏡のようなガラスの表面に映っている。通過する駅の光が眩しい。
 混んできた車内のドアの横につっ立ったまま、ぎりぎりに迫るタイルの壁を目で追っていると、眩暈がしてきた。
 新宿を通過すると、疲れたOLが、さっきぼくを睨んだ男の前に立っているのに気付いた。今までいなかったのに、亡霊のように女が立っている。生気を失った白い面の皮。無表情の顔に剥げかけた化粧がまだらに張り付いている。大切でもないのにぎゅっと握り締めたつり革。鈎針に釣り下げられた屠殺牛のように、重たい抜け殻のような身体から未だに衣服を剥がされないまま、きゃしゃな手で、自らぶら下がっている女の肉の体。
 黒いロングヘアーだけが艶やかに光っている。真っ白い絹のブラウスの胸だけが三角錐に膨らんでいる。黒いタイトなスカート。ストッキングで締めつけられた下腿部の硬そうな筋肉。痛々しい黒いピンヒール。今にも窒息しそうなのに、うつむいて、じっと息を殺したまま耐えている。目の前に座っているアルコールの臭いのするサラリーマンの男の顔が、今にも接触しそうにウエストの位置にあるのを。
 酔った男は、なにくわぬ顔で上から下に女の体を眺め、鑑賞し、味わっている。女はつり革に生きたまま釣り下げられたまま、男の視線の餌食になっている。
 皮を剥がされ、屠殺される前の拷問。
 魅力的で高級な女を演出するために着こなしたブランドの衣服。その下の自らの肉体の存在を、ひたすら無感動になって、地下鉄の蛍光灯の下、隠れる場所も無く、眺め回されている理想的なプロポーションの女。ティピカルな外見故に、目の前の男の視線にサクリファイされている。
 ぼくはよろけながら、その女のところに近寄って行った。
 彼女の前に座っている酔ったサラリーマンは、ゲスな野郎だ。さっき威嚇するようにぼくを睨み、今度は自分の前に立った女を視姦している。
 憎悪がこみ上げてきた。ぼくの意志は、この偉そうな男への殺意に支配された。女を身体でどかせ、驚いてぼくを見ている男の前に立って吊り革を両手で握り、牛のようにぶら下がった。そして、ひるんだ男の脂ぎった顔に膝蹴りを喰らわした。
「なにすんだ!」
 わめいている男の襟元を掴んで立たせ、股間を靴底で蹴り上げた。型体のいい男は勢いよく後ろの窓ガラスにぶち当たり、そのまま自らの席に尻から堕ちた。
 周りを見渡すと、人ごみが恐怖にざわつきながらも、ぼくと目が合わないように誰もがしらをきっている。近くに座っていた気の弱そうなサラリーマンたちは、蜘蛛の子を散らすように慌てて席を立って別の車両に移動して行った。
 女も驚いて、いつのまにかどこかに行ってしまった。
 両手でつり革にぶら下がって、椅子に尻餅をついた男の顔を胸を腹をサッカーボールを蹴るように何度も蹴った。肉の塊のようにぐったりして動かなくなった男に唾を吐いて、ホームで停車した車両から全速力で駆け出した。
 改札を急いで走り抜けて外に出た。
 赤坂だった。
 夜の街を、ただ闇雲に走った。
 高級そうなクラブがひしめいている通りに出た。
 高そうなスーツを着た落ち着いたビジネスマンが小ぶりになった雨の中を堂々と大きな黒傘を差して歩いている。ぼくは身を隠す裏路地も見つからないまま、大通りに隣接した駐車場に入り込み、塀と車の影に隠れた。
 疲れて立っていられなかった。そのまま、コンクリートの塊の上に腰を下ろした。
「天上の食事を摂る者は、地上の食物を摂ることはない」
 独言が口をついて出た。
 さっき竹輪をつまんでビールも飲んだのに、やたらに腹が空いていた。
 高級そうな黒のベンツの、雨に濡れる真っ黒なボディーを見ていると、急に尿意を覚えた。
 Gパンのチャックを下ろして一物を出し、雨で濡れているベンツに小便をかけた。
 可笑しくなってきて思わず声を上げて笑った。
 見上げると、雨が小ぶりになり、空に雲が流れている。長い月が雲間から時々覗き、澄んだ光を放っている。
 ぼくは、出したペニスの皮をむいて、明るい月にかざしてみた。そして、誰も見ていないから、ジーンズを足元まで下ろし、ベンツの陰で立ったまま、ペニスをしごいた。
(この高級外車にさっきの電車の女が乗っている。彼女は高級な娼婦だ。金で買われて男に弄ばれる。それでいてプライドが高く、一文無しのぼくなど見向きもしない。ちょうど、こんな車じゃないと乗らない女。ところが、女はこのベンツに乗せられて、どこかのホテルに向かうのだ。運転手付きで運ばれ、犯されるのだ。ぼくはここに隠れていて、女が来たら運転手と男を石で殴って殺し、あのタイトな、高級なブランドのスカートを脱がせ、このボンネットの上に女を乗せて、四つん這いにさせ、後ろから犯してやろう。金持ちの男に犯される代わりに、ぼくが女をこのボンネットの上で愛し、孕ませてやる。そして、裸にした女を四つん這いの姿でボンネット上に乗せたまま、この高級な夜の街を走り回ってやる。そのまま海に向かって突っ走り、夜の海に車ごと突き落としてやる。)
 一気に射精した精子を、車のボディーにこすりつけ、窓ガラスに唾を吐いた。
 ズボンを上げて、街を彷徨い、安そうな深夜喫茶に入った。
 便所の近くの薄暗い、すえた匂いのする椅子に座り、バナナ・パフェを注文した。
 ウエイトレスが笑った。
 綺麗な顔をしているが、運んで来たら、思い切り頬ばらせてやる。  生クリームのついた柔らかい果肉のバナナを。そいつに歯を立てれば、甘くてやわらかくて、思わずニッコリするだろう。そして、きみは口の中でドロドロになるまでそいつを噛み砕き、ゆっくりと白く濁ったバナナ・パフェを咽喉の奥に流し込むだろう。ところが、甘さも咽喉もとを過ぎれば顔をしかめ、きみは舌に残った渋い筋を、苦々しく吐き出すだろう。
 丸い銀のお盆に載せて、彼女は案の定、ガラスに盛られたバナナ・パフェを運んできた。ぼくは水を一杯注文した。もう一度、きみをぼくに仕えさせるために。
 無造作に置かれたもう一つのガラスコップ。それを見てぼくは急に思い出した。冷たい氷をガリガリ噛んで席を立ち、便所の横に置いてあったピンクの電話の前に行って、Gパンの尻のポケットから湿ったメモ紙を取り出した。
「もしもし・・・あの・・・」
「どちら様ですか?」
「あの・・・さっき・・・あの、田口さんの」
「え? どなた」
「あの・・あ・・あ・・あの」
「え? だれ?」
「あの、今、あの・・・田口さんの所から今、出てきたんだけど・・・」
「え、そうなの。あなた、あの?・・」
「もう、あそこに、もう、居られなくなって、出てきたんだけど・・」
「え? あなた、田口さんのところの?」
「そう。あなたのせいですよ!」
「え? あたしのせい? あら、ごめんなさい」
「なんで千円しかくれなかったんですか!」
「え? あら、そうだった?」
「そう、それに・・」
 加奈子は、ぼくがだれだかわかったようだ。
「田口さんの所から、あなた出て来たの?」
「そう。もうあそこに居られなくて」
「そう。ごめんなさいね」
「それに・・」
「バイト代のこと? だったらちゃんと払うから心配しないで」
「いつですか」
「いつでもいいわよ」
「今でも?」
「あなた、今、どこにいるの?」
「赤坂」
「え? 赤坂?」
「そう」
「じゃあ、あたしの家に来てもいいわよ。いらっしゃい。霞ヶ関で日比谷線に乗り換えて・・。田口さんの所から来たんでしょ?」
「うん」
「あなた、だいじょうぶ? さっき、大雨降ったでしょ。濡れなかった?」
「びしょびしょです」
「お金あるの」
「ないよ」
「じゃあ、あたしの所にいらっしゃい。広尾の駅に着いたら電話してね。公園の方の出口にいてね。迎えに行くから」
「もういいよ」
「え? いいの?」
「お金あるから・・」
「え?・・もしもし・・もしもし・・」
 受話器を置いて席に戻ると、バナナ・パフェの入ったガラスの器が汗をかいていた。持ち上げると露ですべった。生ぬるく溶けたパフェを頬張り、店を出た。
 鉄の車輪の軋む音に歯軋りしながら、黒い窓ガラスに冷たくなったペニスを押し当てて、蛍光灯の駅を通過した。
 窓ガラスの向こうに、“国会議事堂”の看板が並んでいる。
「くたばれ! この世の偽善者ども!」
 次の駅で日比谷線に乗り換えた。
 六本木のクラブの女か成金の小金持ちの起業家か知らないが、夜の街に遊びに出かけるのだろう、小綺麗な成りをした人たちが大勢乗っている車両に飛び込んだ。ぼくのびしょ濡れのファッションも、最新モード以上に過激に見えるはずだ。不良外人に紛れ込めば、ジーンズがびしょ濡れなんてたいしたことではない。夜の六本木なんてなんでも有りだ。 でも、六本木では降りずに次の広尾に着くと、開いたドアからホームに降りた。
 ゆっくりと歩いて行って、どん詰まりのコンクリートの階段を上がった。
 薄暗い街はたじろぎもせずそこにあった。さっきと同じ夜の空気が流れていた。爪の先のような月が乳白色の流れる雲の間から光ったり消えたりしていた。
 ぼくは熱くなった肉片だけをジーンズの下に感じて、犯罪者のように恐る恐る公衆電話のボタンを押した。
 電話に出る、女の声がした。
「あなたなの・・」
「そう」
「今どこにいるの?」
「池のある公園の近く」
「公園? 池? そこにいてね。迎えにいくから」
 夜を、全てを、嘘にしてしまいたかった。早くヒゲを剃って退屈な日常に戻りたかった。


 
 
 
 
 
 
posted by hoshius at 03:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 狂犬革命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月02日

17 バスルームから出るとそこは別世界だった


 
 
「あたし、見ちゃいけなかったのね」
 バスタオルをぼくに渡しながら、加奈子はわざとらしく言った。
 裸でバスルーム(そう、それは“風呂場”というより“バスルーム”だった。明るい照明に照らされたガラス張りのドアの中には、寝ながら浸かれる大きな真っ白いバスタブがあって、中の湯はジャグジーのように泡立っていた。真っ赤なタイル張りの壁には、ステンレス製の棚が光っていて、手の届く所に高級そうな舶来のボトルに入ったシャンプーやソープ、何に使うのかわからない液体の入った綺麗なガラス瓶やオイルの小瓶などが並んでいた。むせ返るような香水の匂いのする石鹸を手に取り、海綿につけて身体をこすると、もったいないほどの贅沢をしている気分になった。ぼくは全身をくまなく洗い(ペニスも海面にたっぷりソープをつけて匂いを洗い流し)、シャンプーで髪も洗った。ヒゲを剃りたいと思ったが、剃刀が無かったので叫んでみた。「あの、すみません! ヒゲ剃りなんてないですよね!」。近くにいたらしい加奈子の声が聞こえた。「あるわよ。持って行く?」。バスルームに入ってきた加奈子は「これでいい?」と言って、どこかのホテルの袋に入った髭剃りをバスタブに浸かっているぼくに手渡した。「ごゆっくり」。濁った湯の中に浸かっているぼくを見て加奈子は笑った。バスタブの中できれいにヒゲを剃り、バスルーム、そう、それは“風呂場”ではなく、“バスルーム”だった)から出た。
 すっかり生まれ変わったような気がした。
「着替え、あなたに合いそうなの捜したのよ。これを着てね」
 わざとこちらを見ないようにしてタオル地のガウンを裸のままつっ立っているぼくに手渡した。男物の大きな黒いタオル地の高級そうなガウンだった。ぼくが脱いだびしょ濡れのTシャツとジーンズは、近くにあった大きな洗濯機(コインランドリーの乾燥機のように中が丸見えの丸いガラスの扉が付いている)の中で回っていた。
「あ、これ? ごめんなさい。濡れてたから洗濯しちゃったわ」
「いえ。ありがとう」
「ポケットに入っていたあなたの物、そこに出しといたわよ」
 黒いガラス製のモダンな洗面台の上には高級そうなブランドの香水が並んでいて、キラキラ光っている。その横に、グシャグシャの札と小銭と先生が書いたメモ紙がびしょ濡れになって、ひと塊のゴミのように置いてあった。
「ゆっくりしてってね。空いてる部屋があるから、もしよかったら居てくれてもいいのよ」
 加奈子は先生のようにではなく、女のように言った。
「田口さんの所には戻らないんでしょ?」
「はい」
「これから行く所あるの?」
「いいえ」
「じゃあ、ここに居てくれると嬉しいんだけど。あたし、一人だから、ボディーガードになってくれない?」
「え?」
「あら、ごめんなさいね。あなたに払うバイト代のこと、すかっり忘れてたわ。悪いことしちゃったわね。あたしが間違えてたみたい。今、渡すから、こっちにいらっしゃい」
 加奈子はつかつかと先に歩きだした。
 ぼくは洗面台に置いてあったものを掴むと、彼女の後について行った。
 廊下を歩いて大きなリビングに出た。
「そこに座って」
 大きくてワインレッドの革張りのソファーに腰掛けた。モダンなデザインで、本物の豹の毛皮が敷いてある。なんだか高そうで、その上に座るのは気が引けた。それでも、高級なガウンを着たまま毛皮の上に座ると、なんだか自分が偉くなったような気がした。
 ベネチィアンレッドの壁にはマチスの “ダンス”の切り絵がモダンな黒いガラスの額に入れて掛けてある。本物だろうか。買ったら幾らくらいするのだろうか。その横には、ベネチィアングラスの瓶やグラスが並んだアンティークな鏡張りの食器棚があり、高い天井からは、キラキラとクリスタルな光を反射させているシャンデリアがぶら下がっている。照明は決して明るくないが、なんだかぼくには眩しいくらい豪華な部屋で、居心地が悪かった。
 偉そうに、突然こんな所に座っている自分が、さっきまでしていたことをぼんやりと考えていた。
「このままで御免なさいね」
 加奈子は、一万円札を一枚そのままぼくに手渡した。
「あたしがうっかりしてたみたいね」
「いいえ」
「これはお詫びのしるしよ」
 もう一枚、一万円札を渡してきた。
 黙って座っているのが居たたまれなかった。すぐにここを出たかったが、着るものが無いのを知っていたので、ただそこに座っているしかなかった。受け取った札を重ねて折り曲げ、手に握っていた自分の持ち物と一緒にガラスのテーブルの上に置いた。
 加奈子は、ぼくの目の前の一人掛けの椅子に座った。さっき、白いBMWで迎えに来たとき、ぼくは何をしていたのだろう。隣に座っていたのに、彼女を見た記憶がない。今、彼女は、大きな襟が胸元まで開いた真っ白い絹のように光沢のあるブラウスを着ている。学校にいたときはもっと襟が小さい別のブラウスを着ていた。開いた胸元から白い乳房の谷間が見える。薄い絹地に覆われている山の頂上はきちっとブラジャーに包まれていて、突き出した乳首の先の刺繍が透けて見える。さっき学校でデッサンを教えていたときとまるで印象が違う。さっきよりも濃い化粧をしていて目の上には青いシャドーが入っている。それに、今はルージュの口紅が引かれていて、濡れたように光っている。帰ってきてから化粧し直したのだろうか。ポニーテールの髪も今は結んでいない。長く伸ばした髪が、しっとりと濡れて匂っている。きっとぼくがさっきまで居たバスルームに彼女も入ったばかりなのだと思った。
「あなた、結婚ってどう思う?」
 加奈子はいきなりぼくに訊いてきた。
「え? 結婚? あまり考えたことないけど・・」
「そうよね、あなた、若いから。でも、結婚したいと思ったことある?」
「え? あまり・・」
「そう。男の人は結婚なんて、どうでもいいのかしら」
 加奈子は立ち上がり、大きなリビングに備え付けてあるキッチンの方に歩いて行った。
 後ろから見ると、真っ白い絹のパンツの下に、ヒップに食い込んだパンティーの形が透けて見える。
「コーヒーでいい? それとも紅茶にする?」
「あ、じゃあ、紅茶がいいです」
「ロシアン・ティーにする?」
「あ、はい」
 ぼくはすっかり借りてきた猫のようになって答えていることに気付いた。
 藍色のペルシャ風の模様が描かれた白磁のティーカップに入った紅茶と、苺ジャムの入った銀の小皿、重たそうな銀のスプーンを載せたインド風の螺鈿の彫刻が刻まれたお盆を加奈子は運んできてガラスのテーブルの上に置いた。
 こんなにもてなされる理由はない。それでも、美術品のように彫刻された銀のスプーンでジャムを掬い、紅茶に溶かしてみた。
「どうぞ。もっとブランデーが欲しかったら言ってね」
 味見をするようにスプーンで紅茶をすすると、高級なブランデーの香りが口の中に広がった。
「あたし、バツイチなの。子供ができなくて、調べてもらったら・・そういう身体なんだって。それで、別れたの。いいえ、別れさせられたって言ったほうが正しいのかしら・・フッ。そんな男だったのよ。家柄や世間だとか名誉だとか、そんな外面だけを気にしてる男。別れて正解だったわ。あんなつまらない男。・・あら、ごめんなさいね」
 口をつけたティーカップを受け皿に置かずに持ったまま、ぼくが黙っているのを見て、加奈子は我に返ったように言った。
「あなた、お腹空いてるんじゃない?」
「いいえ」
「そう? さっき作ったスープがあるの。食べない?」
 あまりもてなされると居心地が悪くなる。
「冷たくしてもおいしいと思って、さっき冷蔵庫に入れておいたのよ」
 オープンキッチンの方に歩いていく加奈子を見ていると、急にぼくは、自分が借りてきた猫のように振舞っているのが嫌になった。
 立ち上がって、彼女を引き止めた。
「いらないよ。もうなにも!」
「あら、どうして?」
「いらないよ。お腹空いていないから!」
「あら、どうして急にそんなに怒るの?」
「うるさいな! あんた、田口さんに何言ったんだよ!」
 大声で、ストレートに言ってやった。
 すると、口惜しそうに顔を歪めた加奈子は、強気に言い返した。
「あなた! めぐみちゃんにいたずらしたくせに!」
 加奈子は、一瞬ひるんだぼくから、羽織っていたガウンを暴力的に剥ぎ取った。
「あら、ごめんなさい」
 全裸になったぼくの下半身を見つめて毒々しい口調で言った。
「あなた、男子トイレで射精したんだって? めぐみちゃんに聞いたわよ。あなた、あのときは、随分興奮してたものねぇ」
 加奈子は、ぼくの下を向いたペニスを見て、更に嘲笑するように言った。
「あなた、見られると興奮するみたいね。でも、あたしじゃダメなのかしら?」
 加奈子は、ぼくの目を見ながら、下を向いたペニスに触った。
「あたしにもしてみたら? めぐみちゃんにしたのと同じこと・・」
 加奈子は着ていた絹のブラウスのボタンを外した。
「いいからやりなさいよ! あたしにはできないって言うの。ほら!」
 片方の肩を上げて、胸をきつく覆っていたブラジャーを乳房から外した。
 形のいい胸の膨らみが重たそうに揺れて、片方だけ露わになった。
「いいのよ。遠慮しないで」
 濡れた目をしてぼくを見つめた。
 ぼくは黙って、豹変した女を見つめ返した。
「あなた。童貞?」
 加奈子は挑発するように、ゆっくりとブラジャーをもう一方の乳房から外すと、ブラウスの前をはだけて見せた。
「どう?」
 自信ありげに露わにした二つの乳房は大きく張っていて、たしかに魅力的だった。
「あなた、男になりたくないの?」
 でも、いやらしいくらい勃起した乳輪の先に奮え立つ乳首を見つめても、ペニスは下を向いたまま勃起してこない。
「なんだ。人畜無害な優男! びびっちゃったの?」
 ぼくは悔しくなって言った。
「さっき、結婚についてどう思うって訊いたよね」
「そうだったわね」
 加奈子は首を斜めに傾けて、ブラウスの前を閉じ、乳房を隠した。
「結婚って、子供を作るためにするもんだって思うよ」
「あら、そう。それで?」
「セックスだってそうだと思うよ」
「そう? じゃあ、子供のできない女とはやらないって言うこと?」
 ぼくは黙って肯いた。
「あ、そう。わかったわ」
 加奈子は急に後ろを向くと、決意したようにリビングの奥にある豪華なオーディオセットの方につかつかと歩いて行った。
 突然、スピーカーから、ストーンズの『ギミー・シェルター』のイントロのエレキ・ギターが大音量で響いてきた。
 加奈子は遠くからぼくを見つめ、音楽に合わせてストリップ・ダンサーのようにステップを踏みながらこちらに近づいてきた。
 絹のブラウスの前をはだけて、既に乳房から外れていたブラジャーを手に持ってくるくる回し、ぼくめがけて放り投げた。
 背中に両腕を回して薄いブラウスを腕から脱ぎ捨てると、露わになった重たそうな胸をわざと前に突き出して左右に振ってみせた。それから両手でそれを隠し、後ろを向いてぼくの方に振り返った。
 真っ白い絹のパンタロンに両手をかけると、わざと腰を振りながら前屈して、ゆっくりと下まで降ろした。
 白いパンティーが尻の谷間に食い込んでいる。
 加奈子は尻を突き出し、後ろをむいたまま最後の一枚をゆっくりと尻から外した。そして、両脚を広げてフィギュアスケートのダンサーのようにバランスをとりながら裸の尻を突き出し、筋肉質の大臀筋の間の谷間が無防備になったのをぼくに見せつけた。それから、脚を伸ばしたまま前屈して、片脚ずつ抜き取ったパンティーを人差し指で回しながら、つま先でステップを踏んでこちらに近づいて来た。そして、いきなりそれをぼくの顔めがけて放り投げた。
 加奈子の裸体は筋肉質で、全裸になると、まるで人が違ったように淫乱な女になって、バレリーナのようにリビングの中をグルグルと旋回し、天井を仰ぎ、脚を開き、ジャンプし、ぼくを挑発するように腰を振って踊りながら近づいて来た。
 ベリーダンサーのように下半身を波のようにうねらせたかと思うと、裸のウエストをぼくの性器に接触させた。
 びっくりして見つめるぼくの手を取り、裸でダンスしようと誘った。
 ぼくは急に可笑しくなって、思わず大声で笑った。そして、ぎこちなく彼女の硬い裸の身体を抱いた。
「あなたって、かわいいのね」
 タンゴのステップでリードしながら、彼女はいきなりぼくの口に唇をつけてきた。ぼくの舌がそれに応えると、ぼくの顔に、口にキスしながら、おどけた仕草で跪いて、ペニスを触り、冷たい舌で舐め回した。
 ぼくはくすぐったくて、声を出して笑った。
 ミック・ジャガーと女性ソウル・シンガーが声を合わせて「戦争がおっぱじまりそう!」と歌っている。それを聞いていると、なんだか、気が遠くなってきた。
 ソファに引き返そうとすると抱き締められて耳元にささやかれた。
「こっちに来て」
 リビングの奥にバーのカウンターがあった。
「あなた、何飲む?」
 加奈子はカウンターの奥に入り、グラスにラムをストレートで注いだ。
「これでいいわね。あなたは」
 勝手に飲み物を決めて、研かれてピカピカに光るカウンターの上に置いた。
 ぼくは黙って背の高い椅子に座った。
「ここにはドラッグは無いけど、アルコールならいくらでもあるわよ」
 加奈子はカウンターの上に置いてあったマルボロにマッチを擦って火を点け、棒の先で燃えている炎を吹き消した。
 白い煙が天井に上がった。
 お互いに全裸のまま、加奈子はバーカウンターの向こうでタバコをふかし、ぼくはこちらで、高い椅子に座って出されたラムを舐めていると、タバコが吸いたくなった。
「一本貰っていい?」
 箱を叩いて出されたマルボロを引き抜き、口にくわえると、加奈子がマッチを擦って火を点けた。棒の先で燃えている炎をタバコの先で吸い込むと、紫色の煙が肺を熱くした。加奈子はもう用のないマッチの先で燃えている炎を、またフッと吹き消して、エメラルドグリーンのガラスの灰皿に落とした。
 タバコを吸ってアルコールを舐めていると、加奈子があたしにも飲ませてと言った。自分で好きなものをグラスに注いで勝手に飲めばいいと思ったが、そうではないらしい。
 加奈子はバーのカウンターを回ってこちら側に来て、ぼくの横に座った。
「あなたの口から飲ませて」
 ラムを口に含んだままキスをしろということか。
 加奈子はカウンターに置いてあるDonQと書いてある瓶から、また アルコールをグラスにたっぷり注いだ。
「ラムよりブランデーの方がいいよ」
 わざと我がままを言ってやった。
「ブランデー? 冬でもないのに?」
「だって、さっきロシアン・ティー入れてくれたじゃないか!」
「アハ。そうだったわね」
「そこに入ってたやつだよ!」
「わかったわ。そんなに慌てないで。今、出すから」
 加奈子はまたカウンターを回って棚から新しいブランデーグラスを出し、ナポレオンを並々と注いだ。そして、またカウンターを回ってぼくの横の椅子に脚を組んで座った。太ももに挟まれた下腹部の筋肉がうねっている。
 カウンターの上に乳房を乗せて、加奈子はひじをついて、ぼくに寄り掛かってきた。
 裸の肩と肩がぶつかった。加奈子の長い髪が腕に絡まり、頬が触れ合った。
「あなた、これがいいんでしょ」
 加奈子はブランデーが注がれたグラスを持って、ぼくの口元に運んだ。子供にジュースを飲ませるようにぼくの顎を上げ、口に注ぎ込んだ。
 口の両脇から酒がだらだらと零れ落ちた。が、咽喉の奥から食道を通ったアルコールは胸まで達して、体の内側を燃やした。顔は、火が点いたように真っ赤に火照った。
「だめじゃない、こぼしたら。あなた、赤ちゃんみたいね」
 加奈子はまたブランデーをビールのようになみなみとブランデーグラスに注ぎ、ぼくの顎を掴んで口にたらした。
「あたしにも飲ませてって言ったでしょ。だめね。きみって。ほら、もう一度」
 身体が熱くなって、加奈子がペニスを掴んで愛撫しているのにも気付かないくらい酔いが回り始めた。
「あら、こんなにこぼしちゃって」
 ブランデーグラスの中に残ったナポレオンを、わざとぼくのペニスにこぼして、亀頭を指先でいじっている。
「熱いよ!」
 思わず叫んだ。
「あら、ぼく、まだあたしに飲ませてくれていないのに、自分ばっかりそんなにいい気持ち?」
 今度は急にサディスティックな気分になったらしい。加奈子は瓶ごと ぼくの口に注ぎ込んできた。身体にこぼれたブランデーで熱く濡れた肌の上を、冷たい指先が這い回った。
 酔いが回ってコントロールを失い、どうでもよくなってきたから、ぼくは口の中に含んだアルコールを、お望みどおり加奈子の口の中に吐き出してやった。
 加奈子の舌が絡まってきた。
ぼくだけが、かけられた酒でびしょびしょになっていたから、余っていたナポレオンの瓶を持って加奈子の首筋にも掛けてやった。
「これでおあいこだ」
「いいわよ」
 首から胸を伝って股の間まで、加奈子の裸体がブランデーで濡れた。
 止まらないくらい可笑しくなって、息ができなくなるくらい笑った。
 残っていたラムも全部、加奈子の頭に注いでやった。
 ブーケのアルコールの匂いが女の髪の匂いと混ざり、欲情と区別がつかなくなった。
 身体中が火が点いたように熱くなった。
 加奈子は濡れた髪を後ろにぬぐって額を左右に撫でてから、椅子から降りて、カウンターを両手で掴んで後ろ向きになった。振り返ってぼくを見つめる目が色っぽくて思わず欲情した。
 加奈子はジャズダンサーのように裸の尻を上げた。
「あなたの、入れてみる? ここよ」
 脚を開いて持ち上げた尻が、酒に濡れて真っ白に光っている。
 ぼくは突然狂ったように欲情して、椅子から降りて加奈子の後ろに回り、持っていたドン・キホーテ・ラムの空瓶を彼女の尻の間のヴァギナに突っ込んだ。
「ひどいわ! そんなの入れて! 本物のあなたのを入れてって言ったでしょ!」
 加奈子はヒステリックに叫んで、脚を広げて尻を上下に動かした。
 ラムの空瓶を女の身体から引き抜いてカウンターに置き、代わりにナ ポレオンの空瓶に持ち替えて、穴の中に入れた。
「あなた、本当は、弱虫なんじゃない!」
 憎憎しげに加奈子が毒ついた。
「ちがうよ!」
「だったら、早く、あなたのを入れてよ!」
 ぼくは、加奈子のベトベトの尻から瓶を引き抜いて前に回り、ラムの匂いがする加奈子の濡れた髪を掴んだ。
 加奈子の顔は髪を掴まれたまま、軟体動物のような唇と舌がぼくの肉体の表面の肌を下に伝い、股の間で止まって、熱くなったペニスを咥え込んだ。そのまま加奈子はゆっくりと床に仰向けに倒れ込み、しゃぶっていたキャンディーを口から外しながら言った。
「あなた、ドラッグやりながら女とやってたんでしょ!」
「やらないよ!」
 仰向けで両脚を広げて自分で股の間を愛撫しながら、茹でた肉のように上気してピンク色に染まった加奈子の顔が、卑猥な両脚の間からぼくを見ている。ただ目だけが正気で、狂気と正気の境を問質すようにぼくをじっと見つめている。
「アルコールだってドラッグよ。そうでしょ?」
 それに答えるように、上から両脚を広げて押さえ込み、ブランデーの匂いのする口で加奈子の膣を舐めた。
 陰毛の間から覗いている穴に舌を入れると、潮の匂いがした。
加奈子は身体をくねらせて、自ら後ろ向きになって言った。
「それに、セックスだってドラッグじゃない? ちがう?」
 尻をぼくの顔の上に乗せて、今度は加奈子が上位になった。加奈子の下半身に口を塞がれ、ヴァギナとそこから匂う香水の臭いで窒息しそうになった。
「あなたの、入れてもいいのよ。ほら、ここよ」
 加奈子が入れてもいいと言っている所に、ぼくの反対になった目玉があった。顔をどかして、そこに中指を入れた。
「あたしのからだ、子供できないんだから・・いいのよ。入れても!」
 加奈子はじれったそうに言うと、後ろ向きに床に四つん這いになって尻を上げた。
「心配しないで。入れていいのよ・・。さあ、入れて!」
 後ろ向きになった尻を広げると、ピンク色の血が滲んだ赤い洞窟の入り口が、地獄の門のように口を開けていた。ぼくは、その上に口を結んでいるピンク色のつぼみに、真っ赤にただれて灼熱している亀頭の先端をつけた。そこは堅く閉じていたから、地獄に引き込まれないような気がした。
「そこはちがうでしょ! もう!」
 冷たく亀頭の先端の皮膚に張り付いた粘膜は堅く口をつぐんだままで、「駱駝が通れない針の穴」のように狭く、ぼくは天国に入るのを諦めきれない富める者のように、そこを何度も突いた。
「いいわよ・・。そこでも・・。あなたがそうしたいなら」
 加奈子は堪忍したように言って、自らの手で尻を広げた。その拍子に、もう一つの、もっと濡れていて容易に入れる口の中に滑り込んでいった男根を感じて、加奈子が言った。
「あー。いいわ。そう、そこよ」
 加奈子は、尻を広げて床に顔を押しつけ、体の中に突き刺さった肉棒を下の口の中に深く咥え込んだまま、それに何度も体の中を突かれながら、上の口で、うわ言のように喋っていた。
「あー・・そう、そうよ・・そこよ・・あなたを視たとき・・そう・・あなたの・・あの・・あなたの・・大きくなった・・ああ・・おっ・・立った・・ファロス・・あんな所で・・卑猥だわ・・盛りのついた狂犬だって・・あんな・・ペニス・・チン・・チン・・してやしない・・あーイヤ・・あんたって・・本物のヘンタイだわ・・あんな所で・・あんなもの・・露出させて・・犯罪よ・・あたしみたいな生まず女を・・犯すのを・・ああ・・狙ってたのね・・ストーカーみたいに・・近づいて・・やめて・・痴漢・・ああ・・ダメ・・あなたの・・硬いモノ・・この体の中で・・吐き出す気?・・いいわ・・・いいわ・・そうさせてあげるから・・ああ・・あたしを・・守ってね・・あたしを・・あたしの・・このからだを・・あなたの・・アレ・・あの男から・・あー・・思い出した・・憎たらしい!・・こんなときに・・こんな時こそ・・思い出す・・あの野郎・・憎たらしいあの男・・お願いだから・・あなた・・殺して!・・ああ・・いい!・・あいつを・・お願い・・なんでもしてあげる・・こうやって・・なんでもするから・・あたし・・いつでも・・あなたの奴隷になる・・だから・・殺ってね・・アア・・絶対に・・あいつを・・あの野郎を・・あのゲスを!・・うぅ・・あぁ・・そう・・いい・・あの男に・・穢された・・あたしを・・ああ・・いいわ・・あなたの・・その・・棒で・・あぁ・・その・・精子で・・うぅ・・あたしを清めて・・ああいい・・いいわ・・あー・・ダ・ダメ・・ダメダメ・・あ・そんなにしちゃ・・こわれちゃうわ・・ああ・・いいわ・・あたしを・・こわして!・・あーダメ・ダメ・・もうダメよ!・・あぁ・・いい、いいわ・・」


 
 
 
 
 
 
 
posted by hoshius at 02:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 狂犬革命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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